| 国 | イラク共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2003年/2003年危機遺産登録 |
| 登録基準 | (ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | 危機遺産 |
| 公式テキストページ | 中巻28p |
| 英文タイトル | Ashur (Qal’at Sherqat) |
メソポタミア文明が栄え、人類の歴史に多大な影響を与えた肥沃な三日月地帯。その中心に位置し、古代アッシリア王国の初期の首都として栄えたのが、世界遺産アッシュル(カラット・シェルカット)です。現在のイラク北部、ティグリス川西岸に位置するこの遺跡は、その歴史的、文化的、そして宗教的価値の高さから、2003年にユネスコの世界遺産に登録されました。しかし残念ながら、その歴史的価値がゆえに、現在は「危機に瀕する世界遺産」リストにも記載されています。
アッシュルとは何か? その起源と発展

アッシュルという地名は、アッシリア人の最高神であるアッシュル神に由来します。紀元前3千年紀には既に人が住み始め、紀元前2千年紀初頭には都市国家として発展しました。アッシリア王国が興る以前から、アッシュルは交易の中心地として栄え、特にアナトリア地方との間で行われる錫や織物の交易によって富を築きました。
初期のアッシュルは、都市国家としての独立性を保ちつつ、周辺の強力な勢力の影響を受けながらも、独自の文化と宗教を育んでいきました。特に、アッシュル神を祀る神殿は都市の中心に位置し、信仰の中心地としての役割を担っていました。
アッシリア帝国の黎明と首都アッシュル
紀元前14世紀頃、アッシュルはアッシリア帝国の最初の首都として、その最盛期を迎えます。アッシュル・ウバッリト1世の時代には、ミタンニ王国からの独立を果たし、アッシリアは強力な国家へと成長していきます。その後、トゥクルティ・ニヌルタ1世の時代には、バビロンを征服するなど、その版図を拡大しました。
アッシュルは、帝国の政治、経済、そして宗教の中心地としての機能を果たしました。王宮、神殿、行政機関などが整備され、壮麗なジッグラト(聖塔)が空高くそびえ立っていました。特に、アッシュル神殿は、アッシリアの王権と密接に結びついており、歴代の王たちは、アッシュル神の加護のもと、帝国の繁栄を祈願しました。
アッシリア帝国の遷都とアッシュルの役割の変化

アッシリア帝国がさらに拡大し、その支配領域が広がるにつれて、首都はアッシュルからカルフ(ニムルド)、そしてコルサバド、最終的にはニネヴェへと遷都されました。これは、広大な帝国を効率的に統治するため、より中心的な場所に新たな都市を建設する必要があったためです。
しかし、首都が遷都された後も、アッシュルはアッシリア帝国の宗教的、精神的な中心地としての地位を保ち続けました。歴代のアッシリア王たちは、即位式や重要な宗教儀式をアッシュルで行い、アッシュル神への崇敬を示しました。アッシュルは、アッシリアのルーツであり、そのアイデンティティを形成する上で不可欠な存在であり続けたのです。
アッシュルの滅亡と再建、そしてその遺産
紀元前614年、アッシリア帝国は新バビロニアとメディアの連合軍によって滅ぼされます。アッシュルもまた、この戦火の中で徹底的に破壊され、その壮麗な建造物の多くが瓦礫と化しました。
しかし、アッシュルは完全に消滅したわけではありませんでした。アケメネス朝ペルシアの支配下に入った後、パルティア時代には、再び都市として再建されます。特に、アッシュル神殿は再び修復され、人々はかつての聖地に集いました。この再建は、アッシュルが単なる政治的な首都ではなく、人々の心に深く根付いた宗教的な聖地であったことを示しています。
今日、アッシュルの遺跡は、長年の発掘調査によってその全貌が少しずつ明らかになっています。壮大な城壁の痕跡、アッシュル神殿の基壇、王宮の遺構、そして一般市民の居住区など、多様な建築物の跡が発見されています。これらの遺構は、メソポタミア文明における都市計画、建築技術、そして社会構造を理解する上で非常に貴重な情報を提供しています。
危機に瀕する世界遺産としての課題
アッシュルが世界遺産に登録された際、ユネスコはその文化的価値を高く評価しました。しかし、イラクの政情不安や紛争は、この貴重な遺産に深刻な脅威を与えています。盗掘や不法な建築物の建設、そして武力衝突による破壊のリスクは常に存在し、遺跡の保存活動を困難にしています。このため、アッシュルは現在も「危機に瀕する世界遺産」リストに掲載されており、国際社会からの継続的な支援が求められています。
アッシュルの保護は、単に歴史的な建造物を守るというだけでなく、人類共通の遺産、メソポタミア文明の豊かな歴史を未来に伝えるための重要な使命です。紛争が終結し、安定した環境が整った際には、より大規模な保存修復活動が実施されることが期待されます。
結びに
アッシュル(カラット・シェルカット)は、メソポタミア文明の深遠な歴史を物語る証人です。アッシリア帝国の興隆と衰退、そしてその精神的な中心としての役割は、人類の文明史において他に類を見ないものです。この聖地が、未来永劫にわたりその姿をとどめ、私たちに過去の偉大さを語りかけてくれることを願ってやみません。アッシュルの地を訪れることは叶わずとも、その歴史に思いを馳せることで、私たちは人類の営みの深淵に触れることができるでしょう。

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