| 国 | インド |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2021年 |
| 登録基準 | (ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻31p |
| 英文タイトル | Dholavira: a Harappan City |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
広大なインド亜大陸に栄えた古代インダス文明。その中でも、他に類を見ない洗練された水管理システムで知られるのが、世界遺産「ドーラヴィーラ:ハラッパーの都市」です。インド西部、グジャラート州カッチ県の塩性平野に位置するこの遺跡は、その壮大な規模と革新的な技術が評価され、2021年にユネスコの世界遺産に登録されました。紀元前3千年紀から紀元前2千年紀にかけて、干ばつが頻発する厳しい環境下でどのようにして都市が繁栄を維持したのか、その秘密を探ってみましょう。
ドーラヴィーラとは何か? 発見と地理的背景

ドーラヴィーラは、ハラッパー文明(インダス文明)の都市遺跡の中でも、特に規模が大きく、保存状態が良いことで知られています。インドとパキスタンをまたぐインダス文明の遺跡の中でも、インド国内では最も重要な遺跡の一つとされています。1967年にインドの考古学者J.P.ジョーシーによって発見され、その後、R.S.ビシュトらの主導で大規模な発掘調査が行われました。
この都市が位置するのは、タール砂漠の縁に広がるカディール・ベート島という小さな島です。周囲は塩性平野に囲まれ、水源が乏しいという厳しい自然環境にありました。にもかかわらず、ドーラヴィーラは約1,500年もの長きにわたり繁栄を続けたのです。その鍵となったのが、高度な水管理システムでした。
独自の都市構造:三層構造のハラッパー都市

インダス文明の都市は、一般的にシタデル(城塞部)と下町という二層構造を持つことが多いのですが、ドーラヴィーラはユニークな三層構造を持っていたことが特徴です。
城塞部(Citadel): 都市の最も高い場所に位置し、強固な壁で囲まれていました。支配者層や宗教的な機能を持つ建物があったと考えられています。モヘンジョ・ダーロの大浴場に匹敵するような巨大な貯水槽や、儀式に使われたと思われる広場が見つかっています。
中部都市(Middle Town): 城塞部の東側に広がる区画で、中流階級の人々が暮らしていたと見られます。比較的広い家屋や公共の場があったことが伺えます。
下部都市(Lower Town): 最も広大なエリアで、一般市民の居住区でした。簡素な家屋が密集し、手工業者が多く住んでいたと考えられています。
これらの各区画は、それぞれ独立した城壁によって囲まれており、都市全体の防御性が非常に高かったことがうかがえます。都市の計画は非常に緻密で、碁盤の目状の道路、整備された排水システムなど、モヘンジョ・ダーロやハラッパーといった他の主要都市と共通する特徴も持っています。
驚異の水管理システム:干ばつに打ち勝つ知恵

ドーラヴィーラの最も特筆すべき特徴は、その卓越した水管理システムです。この地域はモンスーンの影響を受けにくく、年間降水量が少ないため、水資源の確保が都市の存立に不可欠でした。ドーラヴィーラの人々は、この課題に対し、驚くべき技術と工夫で応えました。
都市の周囲には、季節的な川であるマンサル川とマンハル川が流れています。ドーラヴィーラの人々は、これらの川の水を効率的に利用するため、大規模なダムや堤防を建設しました。そして、都市の内部には、雨水や集められた水を貯蔵するための巨大な貯水槽(Reservoirs)を多数築きました。
貯水槽の規模: 確認されている貯水槽の数は16に上り、中には長さ70メートル、幅25メートル、深さ10メートルにも及ぶものもありました。これらは岩盤をくり抜いたり、石積みの壁で築かれたりしており、その規模と堅牢さに驚かされます。
導水路と取水施設: 川から都市内部の貯水槽へと水を導くための緻密な導水路や、貯水槽から水を汲み上げるための階段、さらには水質を浄化するための沈殿槽のような構造も見つかっています。
雨水利用: 家屋の屋根や広場からの雨水も無駄にせず、地下の貯水槽に導くシステムも整備されていました。
これらのシステムは、雨季に降った水を効率的に集めて貯蔵し、乾季に利用することで、長期間にわたる都市の生活を支えていたことを示しています。ドーラヴィーラの人々は、単に水を確保するだけでなく、その水を清潔に保ち、効率的に分配する技術を持っていたのです。これは、古代文明における水利技術の最高峰の一つと言えるでしょう。
インダス文字と「看板」:未解読の謎

ドーラヴィーラでも、モヘンジョ・ダーロと同様にインダス文字が使われていました。特に有名なのが、「ドーラヴィーラの看板」と呼ばれるものです。これは、長さ3メートルほどの木製の板に、約37cmの高さのインダス文字が10文字彫られていたもので、都市の正門近くで発見されました。おそらく、都市の名称や重要なメッセージが書かれていたと考えられていますが、インダス文字が未解読であるため、その内容は今も謎のままです。
この看板は、インダス文明の文字文化を示す貴重な証拠であり、木製という素材でこれほど大きな文字が作られていた点も、その特異性を際立たせています。
衰退と消滅:ドーラヴィーラの終焉

ドーラヴィーラもまた、インダス文明の他の主要都市と同様に、紀元前1900年頃から衰退の兆しを見せ始め、最終的には放棄されました。その原因については、いくつかの説が考えられています。
長期的な干ばつ: ドーラヴィーラが水管理に特化していたことからも、長期的な気候変動による乾燥化や、モンスーンの不順が都市の存立を困難にした可能性があります。巧みな水管理システムをもってしても、水の供給が追いつかなくなったのかもしれません。
インダス川の流路変更: インダス文明の多くの都市がインダス川の近くに位置していたのに対し、ドーラヴィーラは比較的離れた場所にありましたが、間接的な影響を受けた可能性もあります。
交易路の変化: 商業活動が都市の繁栄を支えていたため、交易路の変化やメソポタミアとの交易の縮小も影響したかもしれません。
いずれにせよ、これほどの規模を誇った都市が、なぜ歴史の表舞台から姿を消したのか、その完全な解明には至っていません。
世界遺産としての価値と保護の課題
「ドーラヴィーラ:ハラッパーの都市」が世界遺産に登録されたのは、その「類まれな普遍的価値」が認められたためです。
・干ばつが頻発する厳しい環境下で、高度に発達した水管理システムと、それによって可能になった大規模都市の持続的な発展を証明していること。
・ハラッパー文明の都市計画と建築技術の優れた例であり、特にその三層構造や公共空間の整備が独特であること。
・未解読のインダス文字や、突然の衰退と消滅など、今なお多くの謎を秘めていること。
などが評価されました。
しかし、この貴重な世界遺産もまた、様々な課題に直面しています。
自然環境の影響: 塩性平野という地理的条件のため、土壌中の塩分によるレンガの劣化が進みやすいです。
気候変動: 異常気象や降水量の変化が、遺跡の保存に悪影響を与える可能性があります。
観光インフラの整備: 新しい世界遺産であるため、遺跡の保護と両立させながら、観光客を受け入れるためのインフラ整備も課題となっています。
インド政府は、考古調査局(ASI)を中心に、遺跡の保護と保存に取り組んでいますが、その規模の大きさから、継続的な努力と資金が必要とされています。
結びに
世界遺産ドーラヴィーラは、古代インダス文明の知恵と忍耐の結晶です。干ばつの厳しい土地で、人々がどのようにして大規模な都市を築き、持続可能な生活を営んだのか、その驚くべき水管理システムは私たちに多くの示唆を与えてくれます。
未解読の文字が残され、今なお多くの謎を秘めるこの都市は、人類の歴史の深遠さを感じさせると同時に、現代社会が直面する水問題や持続可能性の課題を考える上でも、重要なヒントを与えてくれるかもしれません。ドーラヴィーラの遺跡群を訪れることは、古代の人々の知恵と努力、そして文明の栄枯盛衰に思いを馳せる、忘れられない旅となるでしょう。

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