| 国 | パキスタン・イスラム共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1980年 |
| 登録基準 | (ⅱ)(ⅲ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻30p |
| 英文タイトル | Archaeological Ruins at Moenjodaro |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
現在のパキスタン、シンド州に位置するモヘンジョ・ダーロは、紀元前2500年頃に最盛期を迎えた古代インダス文明最大の都市遺跡です。メソポタミア、エジプトと並ぶ世界四大文明の一つに数えられるインダス文明の中でも、このモヘンジョ・ダーロは、その計画的な都市設計、高度な衛生設備、そして未解読の文字体系によって、今なお多くの謎に包まれています。1980年にユネスコの世界遺産に登録されたこの遺跡群は、古代都市の壮大さと、消え去った文明の深遠さを私たちに語りかけます。
突如として現れた大都市:モヘンジョ・ダーロの発見

モヘンジョ・ダーロという名は、シンド語で「死者の丘」を意味します。この遺跡が発見されたのは、20世紀初頭のこと。イギリス領インド帝国の鉄道建設中に偶然発見され、その後、ジョン・マーシャル卿らによる本格的な発掘調査によって、その全貌が徐々に明らかになっていきました。
それまで、インダス河流域に古代文明が存在したという確たる証拠はなく、メソポタミアやエジプトに比べ、その歴史はほとんど知られていませんでした。しかし、モヘンジョ・ダーロの発掘は、この地に高度な文明が栄えていたことを劇的に証明し、世界の考古学界に大きな衝撃を与えました。
驚くべき都市計画:計画された近代都市
モヘンジョ・ダーロは、まさに計画された近代都市と呼ぶにふさわしい、驚くべき都市計画を持っています。都市は大きく二つの部分に分かれています。
シタデル(城塞部): 高台に築かれた部分で、公共の施設や重要な建物が集まっていました。
大浴場(Great Bath): モヘンジョ・ダーロで最も有名な建造物の一つで、水を溜めるためのプールのような構造をしています。レンガとアスファルトで防水処理が施されており、当時の高度な土木技術を示しています。宗教的な沐浴に使われたと考えられています。
大穀物庫(Great Granary): 大量の穀物を貯蔵するための大規模な施設です。中央集権的な経済システムが存在し、余剰生産物を管理していたことが伺えます。
集会所(Assembly Hall): 柱が並んだ広い空間で、行政や宗教的な集会に用いられたと考えられています。
下町(Lower City): シタデルの東側に広がる一般市民の居住区です。
碁盤の目状の街路: 道路は東西南北に整然と走り、ブロック状に区画整理されていました。幹線道路は幅が10メートル近くもあり、都市交通が計画的に行われていたことを示します。
レンガ造りの家屋: ほとんどの家屋は焼成レンガ(日干しレンガではない)で造られ、中庭を持つ間取りが一般的でした。複数の部屋や井戸を持つものもあり、市民生活の豊かさがうかがえます。
高度な排水システム: 各家屋には浴室とトイレがあり、汚水はレンガで覆われた排水溝を通って主要な下水管に接続されていました。この地下排水システムは、古代文明としては類を見ないほど高度であり、当時の住民の高い衛生意識を示しています。
これらの特徴から、モヘンジョ・ダーロには強力な権力を持つ統治者が存在し、厳格な都市計画と管理が行われていたことが推測されます。
未解読の文字と消え去った文明の謎

モヘンジョ・ダーロの最大の謎の一つが、インダス文字です。これまでに約400種類の記号が刻まれた印章(スタンプ)が多数発見されています。これらの印章は、交易品の識別に使われたと考えられていますが、その文字は未だに解読されていません。そのため、インダス文明の政治体制、社会構造、宗教、そして滅亡の原因など、多くの側面がベールに包まれたままです。
インダス文明は、紀元前1900年頃から急速に衰退し、紀元前1700年頃にはほとんどの都市が放棄されてしまいます。その原因については、アーリア人の侵入説、気候変動による乾燥化、地震や洪水などの自然災害、あるいはインダス川の流路変更など、様々な説が提唱されていますが、決定的な答えは出ていません。繁栄を極めた巨大都市が、なぜこれほどまでに痕跡を残さず消滅したのか、その謎は今も考古学者たちの探求心を掻き立てています。
芸術と技術の粋:インダス文明の遺物
モヘンジョ・ダーロからは、当時の人々の高い技術力と芸術性を物語る多くの遺物が発見されています。
印章: 獣や神話上の生物、人物などが描かれた多数の印章が見つかっています。これらの印章にはインダス文字が刻まれており、当時の信仰や社会制度に関する貴重な手掛かりとなっています。
彫像: 「司祭王の像」と呼ばれる髭を蓄えた男性の胸像や、「踊る少女像」と呼ばれるブロンズ製の小像など、洗練された技術と表現力を持つ彫像が見つかっています。これらは、当時の人々の容姿や服装、そして美的感覚を今に伝えます。
土器と装飾品: 幾何学模様や動植物が描かれた美しい土器、そして金、銀、貴石、貝殻などで作られた精巧な装飾品も出土しており、当時の豊かな文化生活がうかがえます。
これらの遺物を通じて、モヘンジョ・ダーロの人々が高度な手工業技術を持ち、複雑な社会を築いていたことが分かります。
世界遺産としての価値と保護の課題
モヘンジョ・ダーロの遺跡群が世界遺産に登録されたのは、その「類まれな普遍的価値」が認められたためです。具体的には、
・古代インダス文明を代表する傑出した都市遺跡であること。
・計画的な都市設計、高度な排水システムなど、当時の先進的な技術と文明の証拠であること。
・未解読の文字体系や突如として消滅した歴史など、今なお多くの謎を秘めていること。
などが挙げられます。
しかし、この貴重な世界遺産は、深刻な保護の課題に直面しています。
塩害: 地下水位の上昇と高温乾燥気候により、土壌中の塩分がレンガに浸透し、遺跡が劣化・崩壊する「塩害」が最も深刻な問題です。
洪水: 定期的に発生するインダス川の氾濫も、遺跡に大きなダメージを与える可能性があります。
管理と保全: 広大な遺跡の適切な保存・修復、そして観光客の増加に伴う遺跡への負荷管理も重要な課題です。
パキスタン政府は、ユネスコや国際機関の支援を受けながら、これらの課題に取り組んでいますが、モヘンジョ・ダーロの長期的な保存のためには、さらなる努力と国際的な協力が不可欠です。
結びに
世界遺産モヘンジョ・ダーロの遺跡群は、古代インダス文明の壮大な営みを物語る、人類にとってかけがえのない宝です。整然と区画された街路、精巧なレンガ造りの家々、そして驚くほど高度な排水システムは、遠い昔にこの地で営まれた人々の知恵と努力を今に伝えています。
未解読の文字が残され、その滅亡の原因も定かではないこの謎めいた都市は、私たちに、文明の栄枯盛衰、そして人類の歴史の深遠さを深く考えさせます。モヘンジョ・ダーロの地を訪れることが叶わずとも、その歴史に思いを馳せることで、私たちは古代インダス文明の息吹を感じ、人類の壮大な歩みの一部を垣間見ることができるでしょう。

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