| 国 | イラン・イスラム国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1979年 |
| 登録基準 | (ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻23p |
| 英文タイトル | Tchogha Zanbil |
イラン南西部、フーゼスターン州の広大な平野に、紀元前13世紀にエラム文明の王が築いた聖なる都市の遺跡が静かに佇んでいます。
それが、1979年にイランで初めて世界遺産に登録された物件の一つ、古代都市チョガー・ザンビールです。
メソポタミアのジッグラトと並び称される巨大な聖塔(ジッグラト)を中心に、当時のエラム王国の宗教的・政治的権力を象徴する、比類なき遺跡群です。
このブログ記事では、チョガー・ザンビールの歴史、その壮大な建築の秘密、そして世界遺産としての奥深い価値について、深く掘り下げていきます。乾燥した平原にそびえ立つ古代の神殿都市の息吹を感じてみましょう。
チョガー・ザンビールとは?エラム文明の輝かしい足跡

チョガー・ザンビールは、紀元前13世紀にエラムの中期エラム王国を統治したウンタシュ・ナピリシャ王によって建設されました。
王はこの都市を、エラムの最高神であるインシュシナク神に捧げる聖なる都、そして王自身の権威と信仰を示す拠点として築いたとされています。
都市の名称は、現代ペルシャ語で「丘のバスケット(または盛り上がった丘)」を意味し、その中心にそびえる巨大なジッグラトの姿を言い表しています。
エラム文明は、紀元前3千年紀から紀元前6世紀にかけて、メソポタミアとイラン高原の間で栄えた独自の文明です。
スーサを主要な都市とし、メソポタミアのシュメール、アッカド、バビロニア、アッシリアといった文明と交流し、時には覇を競い合いました。
チョガー・ザンビールは、このエラム文明の最盛期、特にその宗教的、政治的な権力がいかに強大であったかを物語る、極めて重要な証拠です。
都市は、強固な城壁に囲まれ、その内部はジッグラトを中心とする聖域、王宮や行政施設、そして居住区画に分かれていました。
王は、この都市を「聖なる丘」を意味するディムティルと呼び、エラムの神々を祀るための宗教的中心地として機能させようとしました。
しかし、都市の建設はウンタシュ・ナピリシャ王の死後、完成することなく中断されました。そして、紀元前7世紀にはアッシリア帝国の侵攻により、破壊される運命を辿ります。
壮大な建築の秘密:チョガー・ザンビール・ジッグラト
チョガー・ザンビール遺跡の中心であり、最大の見どころは、エラムの神々を祀るために築かれた巨大な聖塔、ジッグラトです。メソポタミアのジッグラト(例:ウル・ジッグラト)と比較しても遜色ない規模と、独特の建築様式を持っています。
規模と構造
チョガー・ザンビールのジッグラトは、建設当初は5層構造で、高さは推定52メートルにも達したとされています。現在残っているのは3層分ですが、それでもその威容は訪れる者を圧倒します。基底部は105メートル四方の正方形をしており、焼きレンガで築かれました。各層は階段状に積み上げられ、最上層にはインシュシナク神の神殿が置かれていたと考えられています。
ジッグラトの内部には、数多くの部屋や通路があり、宗教儀式のための空間や、王族のための施設があったと推測されています。また、ジッグラトを囲むように、他の神々を祀る小規模な神殿群が配置されていました。
建築材料と技術
ジッグラトの建設には、主に焼きレンガが使用されました。特筆すべきは、多くのレンガに楔形文字のエラム語碑文が刻まれていることです。これらの碑文には、ウンタシュ・ナピリシャ王がジッグラトをインシュシナク神に捧げたこと、建設の目的、そして王の権威を示す内容が記されています。一枚一枚のレンガに刻まれた文字は、古代エラムの人々の信仰心と、王の壮大な野心を今に伝えています。
また、ジッグラトの表面には、アスファルトや瀝青(レキセイ)が防水のために塗布されており、古代の高度な建築技術の一端を垣間見ることができます。装飾には、青や緑の釉薬をかけたタイルが使われ、その色彩は当時の鮮やかさを想像させます。
水の供給と聖性
乾燥地帯に位置するチョガー・ザンビールでは、水の供給が重要な課題でした。都市には、遠く離れたカルヘ川から水を引くための大規模な運河システムが築かれていました。また、ジッグラト周辺には、宗教的な浄化儀式に使われたとされる貯水池や排水設備も見られます。水は、古代文明において生命の源であると同時に、聖なるものと見なされており、チョガー・ザンビールの都市設計においてもその重要性が示されています。
世界遺産としての価値と保護
チョガー・ザンビールは、1979年にイランで最初に世界遺産に登録されました。これは、その歴史的、文化的、考古学的な価値が国際的に高く評価された結果です。
登録基準 (iii):現存する、または消滅した文明や文化の唯一の証拠
チョガー・ザンビールは、紀元前2千年紀におけるエラム文明の建築的・技術的傑作であり、当時のエラム王国の宗教、社会、政治構造を今に伝える唯一無二の考古学的遺跡です。特に、メソポタミア文明とは異なる独自の発展を遂げたエラム文明の姿を理解する上で不可欠な存在です。
登録基準 (iv):人類の歴史上重要な時代を示す建築、技術の集合体、あるいは景観
ジッグラトは、古代オリエントにおける聖なる建築物の傑出した例であり、その規模、構造、そして焼きレンガに刻まれた碑文は、当時の高度な技術力と、信仰に捧げられた人々の創造性を示しています。都市全体の計画も、宗教的中心としての機能性を追求した優れたものです。
チョガー・ザンビルは、その広大な遺跡全体が真実性(Authenticity)と完全性(Integrity)を高く保っています。これは、アッシリアによる破壊後、比較的再利用されずに放置されたため、古代の姿がそのまま土中に保存されていたことによります。
現在、イラン文化遺産・観光・手工芸省が、ユネスコや国際的な専門機関と協力し、遺跡の保護と保存に取り組んでいます。主な課題としては、気候変動による風化、土壌の塩害、そして観光客の増加に伴う物理的な損傷などがあり、継続的なモニタリングと専門的な修復・保全活動が求められています。
チョガー・ザンビールが私たちに語りかけるもの

チョガー・ザンビールを訪れることは、約3300年前の古代エラム文明の中心に立ち、その壮大なスケールと、人々の信仰の深さを肌で感じる体験です。乾燥した平原の中に突如として現れる巨大なジッグラトは、当時の王の絶対的な権力と、神々への畏敬の念を強烈に物語っています。
一枚一枚に刻まれた無数の楔形文字は、古代の職人たちがこの聖なる塔に込めた労力と祈りを想像させ、私たちを遠い過去へと誘います。メソポタミア文明とは異なる、しかし互いに影響を与え合いながら発展したエラム文明の独自性と重要性を、チョガー・ザンビールは雄弁に語りかけてくれます。
この聖なる都の遺跡は、人類の歴史における信仰と権力の関係性、そして古代文明の高度な技術と創造性を私たちに教えてくれます。乾燥したイランの地で、今もなお静かにそびえ立つチョガー・ザンビールのジッグラトは、人類共通の遺産として、その奥深いメッセージを未来へと伝え続けています。ぜひ一度、この壮大な古代の神殿都市を訪れ、その歴史の息吹を感じてみてください。

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