タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市

タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市
アシフ・ナワズ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
パキスタン・イスラム共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1980年
登録基準(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻140p
英文タイトルBuddhist Ruins of Takht-i-Bahi and Neighbouring City Remains at Sahr-i-Bahlol

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市とは

ガンダーラ美術発祥の地に残された遺跡群

タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市は、パキスタンのカイバル・パクトゥンクワ州に位置し、古代の仏教文化と都市の遺産を代表する重要な遺跡群です。これらの遺跡は、インド亜大陸の仏教史とその後のイスラム時代の文化交流を理解する上で極めて貴重であり、ユネスコの世界遺産にも登録されています。

まず、タフティ・バヒーは、紀元前1世紀から紀元後5世紀にかけて栄えた仏教僧院の遺跡です。この遺跡は、ペシャワール盆地を見下ろす高台に位置し、戦略的にも重要な場所にあったとされています。タフティ・バヒーは、仏教の修行と学問の中心地としての役割を果たし、数多くの仏像や仏教の聖典がここで学ばれました。遺跡内には、仏塔、僧院、礼拝堂などが整然と配置され、当時の仏教徒たちが信仰を深め、教育を受ける場所として使用されていたことが分かります。

タフティ・バヒーの最も注目すべき点は、その建築と装飾の素晴らしさです。遺跡内には、複数の仏塔(ストゥーパ)があり、その周囲には精緻な彫刻が施されています。これらの彫刻は、仏教の教義や仏陀の生涯を描いたものが多く、仏教美術の発展を示す重要な資料となっています。また、タフティ・バヒーは、インド亜大陸の他の仏教遺跡と同様に、当時の社会と文化を反映した貴重な証拠を提供しており、その学術的価値は非常に高いものとされています。

一方、サリ・バロールは、紀元前3世紀から後期のイスラム時代にかけて栄えた歴史的都市遺跡で、周囲の地域における商業・政治・文化の中心地として重要な役割を果たしていました。サリ・バロールの遺跡は、特にその都市計画と建築に関して注目されています。遺跡からは、当時の都市が計画的に構築されていた証拠が発見され、道路、住宅、公共施設などが整然と配置されていたことが分かっています。また、サリ・バロールは、インダス文明の後期と仏教時代、さらにはイスラム時代の接点に位置しており、異なる文化や宗教が交錯した場所でもありました。

サリ・バロールの遺跡群には、数多くの陶器や彫刻、硬貨などの出土品があり、これらは当時の貿易、宗教、日常生活を知るための貴重な資料となっています。特に、仏教の影響を受けた彫刻や装飾が見られ、インド亜大陸と中央アジアを結ぶ文化的な交流の場としての性格を示しています。

タフティ・バヒーとサリ・バロールは、いずれも仏教とイスラム文化の交錯する場所であり、それぞれの遺跡は異なる時代背景を持ちながらも、共にアジア大陸の文化的交流と発展を象徴するものです。これらの遺跡は、古代の都市生活や仏教信仰、さらには異文化の交流の歴史を学ぶための貴重な場であり、現在も多くの研究者や観光客を魅了しています。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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