| 国 | ラオス人民民主共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2019年 |
| 登録基準 | (ⅲ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻171p |
| 英文タイトル | Megalithic Jar Sites in Xiengkhuang – Plain of Jars |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
ジャール平原:シェンクワーン県の巨大石壺遺跡群とは
鉄器時代に築かれた2,100以上の巨大な葬儀用の石壺
ラオス北部、シェンクワーン県に位置するジャール平原の巨大石壺遺跡群は、東南アジアにおける先史時代の謎多き文化の一端を伝える貴重な考古遺産です。2019年にユネスコの世界文化遺産に登録されたこの遺跡は、「メコン地域における先史時代の社会構造と葬送儀礼を物語る証拠」として高く評価されています。特に注目されるのは、山間の高原地帯に点在する数百基に及ぶ巨大な石壺で、いずれも数トンから10トンを超える重さを持ち、その用途や意味については今なお完全には解明されていません。
ジャール平原には、確認されているだけでも80ヵ所以上の石壺遺跡が存在し、そのうち特に代表的な1号地から3号地が一般公開されています。これらの石壺は砂岩、花崗岩、石灰岩など地元で採れる岩石を用いて加工されたもので、高さは1メートル程度のものから3メートルを超えるものまで様々です。壺の形状は円筒状や壺型、時には底部が丸くなっているものもあり、一部の壺には蓋と思われる石板も見つかっています。
この巨大な石壺の正確な用途については諸説あり、かつては酒や米の貯蔵用と考えられていたこともありましたが、近年の発掘調査では石壺の周囲から骨片、副葬品、墓坑といった葬送に関わる遺物が出土しており、墓標あるいは納骨容器として使われた可能性が高いとされています。特に、壺の内部や周囲に複数の埋葬跡が確認されたことで、この地が先史時代における重要な埋葬・祭祀の場であったことが浮かび上がっています。
遺跡群の年代はおおよそ紀元前500年から紀元後500年にかけての時期と推定されており、同時代の他地域との交易や文化交流も想定されています。例えば、出土した装身具や陶器などからは、インドシナ半島の広域にわたる交易ネットワークの存在がうかがえます。また、これらの石壺を運搬・設置し、葬送儀礼を行った人々の社会構造や宗教観についても、今後の研究によってさらに明らかにされることが期待されています。
この地域は20世紀後半の戦争の影響で不発弾が多数残っており、長らく本格的な調査や観光が制限されていましたが、現在では国際協力のもと地雷除去が進められ、安全な範囲での見学が可能となっています。また、現地の住民がガイドとして活動するなど、文化遺産を核とした地域振興の取り組みも進行中です。
ジャール平原の石壺遺跡群は、単なる考古学的好奇心を超えて、人類の死生観や集団生活のあり方、先史時代における東南アジアの文化の多様性を理解するための貴重な手がかりを提供する遺産といえるでしょう。

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