| 国 | イスラエル国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2003年 |
| 登録基準 | (ⅱ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻187p |
| 英文タイトル | White City of Tel-Aviv — the Modern Movement |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティとは
モダニズム建築の思想を体現した白い住居群
テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティは、イスラエルの地中海沿岸に広がる都市テル・アビーブの中心部に位置する都市建築群で、20世紀初頭から中頃にかけて築かれた建造物群が特徴です。この都市区域は、2003年にユネスコの世界遺産に登録され、モダニズム建築の理想と、地域特有の気候や社会的条件とを調和させた都市設計の優れた例として世界的に評価されています。
ホワイト・シティの建築群は、1930年代を中心に、ドイツや中欧出身のユダヤ人建築家たちが手がけたもので、特にドイツのバウハウス様式の影響を色濃く受けています。彼らの多くは、ナチスの台頭を受けてヨーロッパを離れ、当時発展を続けていたテル・アビーブに移住しました。バウハウスは機能性と合理性を重んじるデザイン理念を持っており、その影響を受けた建築は、装飾を排したシンプルな外観、大きな窓、フラットな屋上、白い外壁といった特徴を有します。
テル・アビーブの都市計画は、1925年にスコットランド出身の都市計画家パトリック・ゲデスによって策定されました。彼の計画は、緑地を重視し、歩行者の動線や生活環境の快適さを意識したもので、バウハウス様式の建築とともに、機能的で人間中心の都市空間を形成しています。この都市計画と建築様式の融合が、ホワイト・シティの特筆すべき文化的価値を生み出しています。
ホワイト・シティには、約4,000棟もの近代建築が存在しており、その大半が白や淡色の壁面をもつことから「ホワイト・シティ(白い都市)」と呼ばれるようになりました。これらの建物は、当時の建築理論に基づいて配置され、日差しの強い気候に対応する工夫や、風通しを良くする設計など、地域環境への配慮も随所に見られます。
今日、ホワイト・シティはイスラエルにおける近代建築の象徴であると同時に、20世紀前半の都市建築の潮流を今に伝える貴重な文化資産です。その保存と再生は、テル・アビーブ市民のみならず、世界中の建築愛好家や歴史研究者にとっても重要な課題とされており、現代的な都市の中にあってもその価値を失うことなく存在感を放ち続けています。

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