未来へ繋ぐ普遍的価値への挑戦
はじめに:世界遺産登録への第一歩「暫定リスト」
ユネスコの世界遺産は、人類共通の宝として、その「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value: OUV)」が認められた場所が登録されます。しかし、世界遺産に登録される道のりは決して容易ではありません。
各国はまず、自国が将来的に世界遺産として推薦したいと考える資産の目録を作成し、ユネスコの世界遺産センターに提出します。これが「暫定リスト(Tentative List)」と呼ばれるものです 。
この暫定リストは、単なる候補地の羅列ではありません。
それは、推薦を検討している遺産の価値を国際的な視点から幅広く比較研究するための重要な材料となります 。
特に文化遺産の場合、その多様性ゆえに資産相互の比較研究が不可欠とされており、暫定リストの提出は世界遺産登録に先立って義務付けられています 。
つまり、暫定リストに記載されていない物件は、原則として世界遺産リストに登録されることはありません 。
暫定リストは、各国が自国の遺産を国際的な文脈でどのように位置づけ、その普遍的価値をどのように証明していくかという、戦略的な思考の出発点となります。
定期的な見直しが推奨されており、各国は自国の文化財保護の状況や国際的な動向に合わせて、リストを更新していくことが求められます
暫定リストとは?世界遺産登録への厳格なプロセス
暫定リストに記載された後も、世界遺産登録への道のりは長く、厳格な審査が続きます。
登録プロセスの概要
各国は、暫定リストの中から条件が整った資産を選び、詳細な推薦書を作成します。
この推薦書は、まず暫定版が9月末までに、確定版が翌年2月1日までにユネスコへ提出されます 。
推薦書が提出されると、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)やIUCN(国際自然保護連合)が、その遺産の顕著な普遍的価値を評価するための現地調査を行います 。
彼らの勧告に基づき、最終的にユネスコの世界遺産委員会で登録の可否が決定されます 。
競争の激化と日本の課題
近年、世界遺産委員会の審査は一層厳しくなっており、登録される物件数には制限が設けられています。
2020年以降、1回の委員会で審議される物件は45件から35件に、そして1か国からの推薦枠は原則1件に制限されました。これにより、世界遺産に登録されるまでには相当な年数を要するようになっています。
日本の推薦物件も、この厳しい国際的な競争に直面しています。
例えば、「古都鎌倉の寺院・寺社ほか」は、1992年に暫定リスト入りし、2012年には国内推薦物件としてユネスコに推薦されましたが、翌2013年に諮問機関から「不登録」勧告が出たため、日本政府は正式審議の前に推薦を取り下げた経緯があります。
これは、一度「不登録」の決議が出ると、原則として二度と推薦できなくなるという厳しいルールがあるためです。
また、「彦根城」も1992年に暫定リスト入りして以来30年以上が経過していますが、いまだ国内推薦物件に残れず、後から暫定リスト入りした物件に追い越されるなど、苦戦が続いています。
これらの事例は、世界遺産登録が単なる「名誉」ではなく、その価値を国際的な基準で説得力を持って証明することの難しさを示しています。
日本の世界遺産暫定リスト:未来への期待と挑戦
現在、日本の世界遺産暫定リストには以下の4件が記載されています 。
これらの遺産は、それぞれが日本の歴史、文化、自然との関わりを象徴する重要な場所であり、世界遺産としての登録が期待されています
1.古都鎌倉の寺院・寺社ほか(神奈川県)
- 記載年:平成4年(1992年)
- 区分:文化遺産
- 概要:中世日本の武家政権の中心地として栄えた鎌倉の、寺院、神社、武家屋敷跡などが含まれます。かつて推薦取り下げの経緯がありますが、その歴史的・文化的価値は依然として高く評価されています。
2.彦根城(滋賀県)
- 記載年:平成4年(1992年)
- 区分:文化遺産
- 概要:江戸時代初期に築かれた天守が国宝に指定されており、その保存状態の良さから、日本の城郭建築の傑作として知られています。長期にわたり暫定リストに留まっていますが、その普遍的価値の証明に向けた努力が続けられています。
3.飛鳥・藤原の宮都とその関連遺産群(奈良県)
- 記載年:平成19年(2007年)
- 区分:文化遺産
- 概要:7世紀から8世紀にかけて日本の首都が置かれた飛鳥・藤原地域の宮殿跡や関連遺跡群です。日本の律令国家形成期における政治・文化の中心地であり、その歴史的意義は非常に大きいとされています。2025年にはイコモスによる現地調査が予定されており、今後の動向が注目されます。
4.平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-(拡張)(岩手県)
- 記載年:平成24年(2012年)
- 区分:文化遺産
- 概要:すでに世界遺産に登録されている「平泉」の価値をさらに高めるための拡張案件です。仏教思想に基づいた理想郷を表現した建築物や庭園、考古学的遺跡群が追加されることで、その普遍的価値がより明確になると期待されています。
これらの候補地は、日本の多様な歴史や文化、そして自然との関わりを世界に伝える重要な役割を担っています。
特に「飛鳥・藤原の宮都とその関連遺産群」は、日本の古代国家形成の過程を示す貴重な証拠であり、その「文化的景観」としての側面も評価される可能性があります。
まとめ:普遍的価値を未来へ繋ぐために
日本の世界遺産暫定リストに記載された各遺産は、それぞれが独自の歴史と価値を持ち、未来へと継承すべき人類共通の財産です。
これらの遺産が世界遺産として登録されることは、その保護を国際的な枠組みで強化するだけでなく、日本の文化や歴史を世界に発信し、国際社会における相互理解を深める上でも大きな意味を持ちます。
世界遺産登録への道のりは、学術的な調査研究、保存管理計画の策定、そして地域住民の理解と協力が不可欠な、多岐にわたる取り組みの積み重ねです。
暫定リストに名を連ねる遺産が、その普遍的価値を世界に認められ、次世代へと良好な状態で引き継がれていくことを期待します。

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