世界遺産パサルガダエ:キュロス大王が築いた理想の都、アケメネス朝ペルシャ発祥の地

パサルガダエ
イラン・イスラム国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2004年
登録基準(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻22p
英文タイトルPasargadae

イラン南部のファールス州、広大なマルヴ・ダシュト平原の真ん中に、紀元前6世紀、アケメネス朝ペルシャ帝国の創始者であるキュロス2世(キュロス大王)が築いた最初の首都の遺跡があります。

それが、2004年に世界遺産に登録されたパサルガダエです。

ペルシャ帝国の象徴的な都としてペルセポリスが有名ですが、パサルガダエはそれ以前にキュロス大王自身が建設を命じ、多文化共生というアケメネス朝の理念を初めて具現化した場所として、極めて重要な意味を持ちます。

このブログ記事では、パサルガダエの歴史、そのユニークな特徴、そして世界遺産としての価値について、詳しく解説していきます。

目次

キュロス大王とパサルガダエの誕生:多文化共生の理念

パサルガダエは、紀元前546年頃にキュロス大王によって建設が開始されました。

キュロス大王は、メディア王国を滅ぼし、リディア王国や新バビロニア王国を征服して、広大な領土を持つアケメネス朝ペルシャ帝国を建国した人物です。

彼は、征服した民族の文化や宗教を尊重するという、当時としては画期的な政策を採用しました。これは、後のダレイオス1世による多民族国家統治の基盤となります。

パサルガダエは、このようなキュロス大王の理念を反映した、多文化が融合した最初の都として計画されました。

バビロニア、エジプト、ギリシャ、リディアなど、帝国各地の建築技術や芸術様式が取り入れられ、それらが融合することで、アケメネス朝独自のペルシャ様式が確立されていったのです。

その立地も特徴的です。ペルセポリスのような大規模な人工基壇の上に築かれた都市とは異なり、パサルガダエは広大な庭園の中に宮殿やモニュメントが点在する、「庭園都市」のような構造をしていました。

これは、ペルシャ庭園の原型とも言われ、自然と建築の調和を重視するペルシャ文化の精神を早くも示しています。

パサルガダエの主要な建築群とその特徴

パサルガダエの遺跡は、広大な範囲に点在しており、その中心にはキュロス大王の墓廟が静かに佇んでいます。

キュロス大王の墓廟(Tomb of Cyrus)

パサルガダエの最も象徴的な建造物であり、遺跡の中心をなすのがキュロス大王の墓廟です。

6段の階段状の基壇の上に、切妻屋根の小さな石室が載せられたシンプルな構造をしています。

高さは約11メートル。装飾はほとんどなく、その簡素さがかえって大王の偉大さと品格を際立たせています。

この墓廟は、紀元前330年にアレクサンドロス大王がペルシャを征服した際に訪れたとされ、大王の遺体はそのまま残されていたと伝えられています。

アレクサンドロスは、墓廟を略奪から守るよう命じたとされており、このことからもキュロス大王が征服者たちからも尊敬されていたことがうかがえます。

墓廟の周囲には、かつては庭園が広がり、まさに理想郷のような風景が広がっていたことでしょう。

謁見宮殿と住居宮殿

パサルガダエには、キュロス大王が賓客を迎え入れたとされる「謁見宮殿(Audience Palace)」や、王の生活の場であった「住居宮殿(Residential Palace)」の跡が残っています。

これらの宮殿は、柱廊や柱で囲まれた広間を持ち、壁面にはレリーフが施されていました。

特に有名なのは、住居宮殿にあったとされる「翼を持つ人像(Winged Figure)」のレリーフです。

これは、メソポタミアやエジプト、さらにはアッシリアの影響を受けつつも、独自のペルシャ様式へと昇華された芸術の例であり、キュロス大王が多様な文化を統合しようとした証拠と考えられています。

この像は、エジプトの二重冠をかぶり、メソポタミアの有翼の神を思わせる姿をしており、その融合的なデザインがパサルガダエの多文化主義を象徴しています。

ゾロアスター教の聖所

遺跡内には、ゾロアスター教の祭祀に使われたとされる「ゾロアスター教の聖所(Sacred Precinct)」の跡も確認されています。

ゾロアスター教は、アケメネス朝ペルシャの国教であり、キュロス大王自身もこの信仰を篤く保護しました。この聖所の存在は、当時の人々の信仰と精神生活が、この都の中心にあったことを示しています。

キュロス大王の庭園(Persian Garden)

パサルガダエの最も革新的な特徴の一つは、その広大な庭園です。

遺跡の主要な建物は、緻密に計算された灌漑システムによって潤される広々とした庭園の中に配置されていました。

これは、後のペルシャ庭園(パラダイス・ガーデン)の原型となり、世界の庭園史に大きな影響を与えました。

水路や植栽の跡から、当時のペルシャ人がいかに自然との調和を重んじていたかがうかがえます。

この庭園は、後に世界遺産「ペルシャ式庭園」の一部としても登録されています。

世界遺産としての価値と保護

パサルガダエは、2004年に以下の基準を満たして世界遺産に登録されました。

(i) 人類の創造的才能を示す傑作: キュロス大王の墓廟は、古代ペルシャ建築のシンプルさと威厳を示す傑作です。また、パサルガダエ全体の都市計画と庭園デザインは、人類の創造的な才能の顕著な例です。


(ii) 文化的価値の交流を示すもの: この遺跡は、アケメネス朝初期に、メソポタミア、エジプト、アナトリア、ギリシャなど、当時の主要な文明からの影響が融合し、新たなペルシャ文化として発展した過程を示す貴重な証拠です。


(iii) 現存する、または消滅した文明や文化の唯一の証拠: アケメネス朝ペルシャという偉大な文明の創始者であるキュロス大王の首都であり、その初期の段階を示す唯一の遺構です。


(iv) 人類の歴史上重要な時代を示す建築、技術の集合体、あるいは景観: パサルガダエは、アケメネス朝という巨大帝国の誕生と、その特徴的な建築様式、そして多民族支配の理念が確立された重要な時代を象徴する遺跡群です。


パサルガダエは、キュロス大王の墓廟という象徴的な存在に加え、その都市計画全体が持つ歴史的・文化的価値、そして当時の多文化共生の理念を体現している点で、極めて高い真実性(Authenticity)と完全性(Integrity)が認められています。

現在、イラン文化遺産・観光・手工芸省が中心となって、遺跡の保存修復、調査研究、そして観光客への適切な管理が行われています。広大な遺跡であるため、風化や侵食への対策、そして持続可能な観光の両立が重要な課題となっています。

パサルガダエが私たちに語りかけるもの

パサルガダエは、単なる古代遺跡ではありません。それは、古代オリエントにおける「世界帝国」という概念が初めて形作られた場所であり、キュロス大王の寛容な精神と、多文化共生というアケメネス朝の根本理念が具現化された場所です。

ペルセポリスがアケメネス朝の「栄光の絶頂」を示すとすれば、パサルガダエは「理念の始まり」を象徴する場所と言えるでしょう。異なる民族や文化を力で押さえつけるのではなく、それぞれを尊重し、統合することで、より強固で持続可能な帝国を築こうとしたキュロス大王の先見の明は、現代社会においても多くの示唆を与えてくれます。

キュロス大王の墓廟が静かに佇むこの場所で、広大な平原の風を感じながら、約2500年前の理想と、人類史における重要な転換点に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。パサルガダエは、歴史と文化、そして人間の理念が交差する、深く心に響く世界遺産です。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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