| 国 | イラン・イスラム国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2006 |
| 登録基準 | (ⅱ)(ⅲ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻23p |
| 英文タイトル | Bisotun |
イラン西部、ザグロス山脈の険しい岩壁に、高さ約100メートルもの巨大なレリーフと碑文が刻まれています。
それが、紀元前6世紀末にアケメネス朝ペルシャのダレイオス1世が、自らの即位と帝国の安定を宣言するために刻ませたビーソトゥーン碑文です。
2004年に世界遺産に登録されたこの場所は、その壮大なスケールと、歴史的な重要性から「古代オリエントのロゼッタストーン」とも称され、アケメネス朝ペルシャの歴史を解明する上で不可欠な鍵となりました。
このブログ記事では、ビーソトゥーン碑文の歴史的背景、その内容と重要性、そして世界遺産としての価値について、詳しく解説していきます。
天空に刻まれた古代のメッセージに思いを馳せてみましょう。
ビーソトゥーン碑文の歴史的背景:ダレイオス1世の正当性の宣言

ビーソトゥーン碑文が刻まれたのは、アケメネス朝ペルシャにとって激動の時代でした。
紀元前522年、帝国の創始者であるキュロス大王の息子カンビュセス2世がエジプト遠征中に急死すると、帝国は混乱に陥ります。
この混乱に乗じて、ペルシャではキュロスの息子であるバルディヤを自称する「ガウマータ」という人物が反乱を起こし、王位を簒奪します。
しかし、ガウマータは、有力貴族の一人であったダレイオスによって打倒され、ダレイオスが王位に就きます。
しかし、帝国内ではガウマータの反乱をきっかけに、各地で反乱が続発し、帝国の統一が揺らぎます。
ダレイオス1世は、これらの反乱を次々と鎮圧し、わずか1年あまりで帝国を再び統一しました。
ビーソトゥーン碑文は、この内乱の収拾と、自らの王位の正当性、そしてアケメネス朝の秩序の回復を全世界に宣言するために、ダレイオス1世が紀元前520年頃に刻ませたものです。
この場所が選ばれたのは、主要な交易路と軍事路が交差する要衝であり、多くの人々が行き交い、そのメッセージを目にすることができたためと考えられています。
天空の書:ビーソトゥーン碑文の内容と形式
ビーソトゥーン碑文は、岩壁の地上約100メートルの高所に位置し、幅約25メートル、高さ約15メートルにわたる巨大なレリーフと、それを囲むように刻まれた楔形文字の碑文で構成されています。
レリーフ:ダレイオスの勝利の図像
レリーフの中央には、弓を携えた威厳ある姿のダレイオス1世が描かれています。彼は右足を倒れた人物の胸に置き、右手を高く掲げて勝利を示しています。この足元に倒れている人物こそが、王位簒奪者ガウマータです。ダレイオスの背後には、彼の忠実な将軍たちが控えています。
そして、ダレイオスの前方には、首に縄をかけられ、腕を縛られた9人の反乱指導者たちが一列に並んで描かれています。彼らは、ダレイオスによって鎮圧された各地の反乱を象徴しています。彼らの頭上には、それぞれの反乱者の名前と、彼らが率いた反乱の場所が楔形文字で記されています。
さらに、レリーフの上空には、アケメネス朝の最高神であり、王の守護神であるアフラ・マズダーの有翼の円盤像が描かれています。アフラ・マズダーがダレイオスに王権を与え、その正当性を保証していることを示しており、ダレイオスの勝利が神の意志によるものであることを強調しています。
このレリーフは、ダレイオス1世の絶対的な権力と、帝国の秩序が回復されたことを視覚的に強烈にアピールする役割を果たしていました。
碑文:三言語で記された「王の言葉」
レリーフを取り囲むように、巨大な楔形文字の碑文が刻まれています。この碑文こそが、ビーソトゥーン碑文の最も重要な要素であり、その後の古代オリエント史研究に革命をもたらしました。
碑文は、以下の三つの異なる言語で記されています。
古ペルシャ語(Old Persian): アケメネス朝の宮廷で使われた言語で、碑文の主要な部分を占めます。
エラム語(Elamite): かつてイラン南西部で栄えたエラム文明の言語で、ペルシャ語とは系統が異なります。
バビロニア語(Babylonian): メソポタミアで使われたアッカド語の一種で、後のアラム語の祖先にあたります。
碑文の内容は、ダレイオス1世がどのようにして王位に就いたか、ガウマータの簒奪をいかに打ち破ったか、そして各地で起こった反乱をいかにして鎮圧し、帝国を再統一したかという、一連の出来事を詳細に記述しています。
彼は自身の王位が、神アフラ・マズダーの恩恵によるものであると繰り返し強調しています。
「古代オリエントのロゼッタストーン」としての重要性

ビーソトゥーン碑文は、19世紀にイギリスの士官であり東洋学者であったヘンリー・ローリンソンによって解読されました。彼は1830年代から1840年代にかけて、命がけでこの高所の碑文を写し取り、その解読に取り組みました。
当時、古代エジプトのヒエログリフがロゼッタストーン(これも三言語表記)によって解読されたように、ビーソトゥーン碑文の三言語表記は、未知であった古ペルシャ語の解読の鍵となりました。ローリンソンは、固有名詞の比較などから古ペルシャ語の文字と文法を解明し、最終的に碑文全体を読み解くことに成功したのです。
この解読は、歴史学に革命をもたらしました。それまで不明瞭であったアケメネス朝ペルシャの歴史が、王自身の言葉によって明らかになり、ヘロドトスの『歴史』などのギリシャ側の記録との照合が可能になりました。ビーソトゥーン碑文は、古代オリエントの言語と歴史を理解するための、まさに「ロゼッタストーン」としての役割を果たしたのです。
世界遺産としての価値と保護
ビーソトゥーンは、2004年に以下の基準を満たして世界遺産に登録されました。
(ii) 文化的価値の交流を示すもの: 碑文が三言語で書かれていることは、アケメネス朝ペルシャが多民族・多文化を包含する帝国であったことを示しており、当時の言語学と文化交流の重要な証拠です。
(iii) 現存する、または消滅した文明や文化の唯一の証拠: アケメネス朝ペルシャの王が自らの言葉で記した、比類なき歴史的記録であり、当時の政治的状況や宗教的観念を直接的に知る唯一の資料です。
(iv) 人類の歴史上重要な時代を示す建築、技術の集合体、あるいは景観: この巨大なレリーフと碑文は、古代ペルシャの石彫技術と、広大な帝国の権力を象徴する記念碑的芸術の傑作です。
(v) 伝統的な人類の居住地、土地利用: ビーソトゥーンの場所は、古くから重要な交易路と結びついており、人類の居住と交通の歴史における要衝としての役割を示しています。
この遺跡は、その壮大な規模と、保存状態の良さ、そして歴史的・言語学的な重要性から、真実性(Authenticity)と完全性(Integrity)が極めて高く評価されています。
現在、イラン文化遺産・観光・手工芸省が、碑文の保存修復、特に風化や岩盤の劣化に対する対策を進めています。高所にあるため、継続的なモニタリングと専門的な保護技術が求められます。また、周辺の環境整備や、観光客への安全管理も重要な課題となっています。
ビーソトゥーンが私たちに語りかけるもの

ビーソトゥーン碑文は、単なる歴史的な記録ではありません。それは、ダレイオス1世という一人の支配者が、いかにして混乱の中から秩序を回復し、自らの権力を確立したかという、人間の権力への意志と、統治の物語を雄弁に語っています。そして、それはまた、アケメネス朝ペルシャという巨大な多民族国家がいかに統治されていたかを示す、貴重な窓でもあります。
地上から見上げると、その巨大さと高所にあることに圧倒されます。古代の人々が、いかにしてこの場所にこれほどのものを刻み込んだのか、その技術力と情熱に驚嘆せざるを得ません。
ビーソトゥーンは、私たちに「真実」とは何か、そして「歴史」がいかにして語られてきたのかを問いかけます。支配者が自らの正当性を主張するために記した言葉、しかしそれが結果として、失われた言語と文明を解読する鍵となったという皮肉な運命。
イランの壮大な自然の中にそびえるビーソトゥーンの岩壁は、今も静かに、ダレイオス大王の勝利の物語と、人類の知の探求の歴史を語り続けています。この人類共通の宝物を、私たちは未来へと大切に引き継いでいかなければなりません。

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