古代文明の謎を秘めた焼失した都市:世界遺産シャフリ・ソフタ

シャフリ・ソフタ
イラン・イスラム共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2014年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻31p
英文タイトルShahr- i Sokhta

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

イラン南東部、シスタン・バルチスタン州の広大な砂漠地帯に、古代文明の謎を秘めた都市の遺跡が横たわっています。それが、世界遺産「シャフリ・ソフタ」です。ペルシア語で「焼失した都市」を意味するこの名前の通り、大規模な火災によって終焉を迎えたと伝えられるこの都市は、紀元前3千年紀から紀元前2千年紀にかけて、東イランの青銅器時代文化の中心として繁栄しました。そのユニークな発見と、未解明の側面が多いことから、2014年にユネスコの世界遺産に登録されました。シャフリ・ソフタが私たちに語りかける、古代文明の知られざる姿と、その消滅の物語を紐解いていきましょう。

目次

シャフリ・ソフタとは何か? 発見と地理的背景

シャフリ・ソフタは、ハームーン湖の東岸近く、乾燥したザボル平野に位置しています。かつては豊かな湿地帯に隣接し、周囲には季節的な川が流れる、比較的恵まれた環境でした。この地理的条件が、都市の発展を支える基盤となりました。

この遺跡が初めて注目されたのは、20世紀初頭に探検家たちによってその存在が報告されてからです。本格的な発掘調査は、1960年代にイタリアのチームによって開始され、その後もイランの考古学者たちによって継続的に調査が進められています。発掘の結果、紀元前3200年頃から紀元前1800年頃まで、約1400年間にわたって人々が居住していたことが明らかになりました。都市は複数の文化期を経て発展し、最も栄えた時期には、面積が最大150ヘクタールにも及ぶ巨大な都市であったと推定されています。

都市の構造と社会:計画された共同体

シャフリ・ソフタは、その時代としては珍しい、計画的な都市構造を持っていたと考えられています。都市はいくつかの区画に分かれており、居住区、墓地、手工業区、公共施設などが明確に区別されていました。

居住区: 日干しレンガで造られた家屋が密集し、複雑な路地が巡らされていました。家屋の中には、複数の部屋を持つものもあり、当時の人々の生活様式を垣間見ることができます。


手工業区: 特に興味深いのは、特定の地域で特定の種類の製品が作られていた証拠が見つかっていることです。例えば、宝石加工、陶器製造、金属加工などの工房跡が確認されています。これは、専門的な職人が存在し、高度な分業体制が築かれていたことを示唆しています。特に、ラピスラズリやトルコ石などの貴石加工が盛んで、中央アジアやアフガニスタンから供給された材料がここで加工され、メソポタミアやインダス文明の都市へと輸出されていたと考えられます。


また、社会構造もかなり複雑であったと推測されています。発掘された墓地からは、身分や富の差を示す副葬品の多様性が確認されており、階層化された社会が存在したことを示唆しています。しかし、強力な王権や大規模な宮殿の跡は明確には見つかっておらず、比較的平等で、共同体的な性格の強い社会であった可能性も指摘されています。

驚くべき発見:古代の知恵と技術

シャフリ・ソフタからは、当時の人々の高い技術力と独創的な文化を示す、驚くべき発見がなされています。

世界最古の義眼: ある女性の頭蓋骨から、タールと動物性脂肪を混合した材料で作られた、非常に精巧な義眼が発見されました。これは、世界最古の義眼とされ、当時の医療技術の高さに驚かされます。


世界最古の人工脳外科手術の痕跡: 別の頭蓋骨には、頭部に穴を開け、その後に骨が治癒した痕跡が見つかりました。これは、脳外科手術が行われ、患者が生存した可能性を示すもので、これまた古代の医療技術の驚くべき進歩を物語っています。


世界最古のアニメーション: 陶器の杯に連続した動きを表す5つの絵が描かれたものが発見されました。ガゼルが飛び跳ねる様子を描いたもので、これは世界最古のアニメーション、あるいは初期の漫画のようなものとされています。


世界最古のサイコロ: 象牙で作られたサイコロが見つかっています。これは、当時の人々が娯楽を楽しんでいた証拠であり、サイコロの原型の一つと考えられています。


高度な繊維技術: 織物の断片や紡錘が見つかっており、当時の人々が高度な繊維生産技術を持っていたことが示されています。


これらの発見は、シャフリ・ソフタの人々が単に生存していただけでなく、豊かな文化生活を送り、高度な技術と知識を持っていたことを証明しています。特に、医療に関する発見は、古代の人々が現代の想像以上に進んだ知識を持っていた可能性を示唆しています。

謎めいた終焉:「焼失した都市」の真実

シャフリ・ソフタという名前の通り、この都市は大規模な火災によって終焉を迎えたと考えられています。発掘された地層からは、広範囲にわたる焼けた痕跡や灰の層が確認されており、都市の大部分が炎に包まれたことが示唆されています。

しかし、この火災の原因や、それが都市の完全な放棄につながったのかどうかについては、まだ明確な結論が出ていません。自然発生的な火災だったのか、あるいは外部からの侵略によるものだったのか。もし侵略によるものだとしたら、なぜこれほどまでに徹底的に破壊されたのか。

また、火災だけでなく、気候変動による環境の変化も都市の衰退に影響を与えた可能性があります。ハームーン湖の水位の低下や、季節河川の枯渇は、農業や生活に必要な水資源の不足を招き、都市の放棄につながったのかもしれません。このように、シャフリ・ソフタの「焼失」と「消滅」の物語は、いまだ多くの謎に包まれています。

世界遺産としての価値と保護の課題

シャフリ・ソフタが世界遺産に登録されたのは、その「類まれな普遍的価値」が認められたためです。

・東イランにおける青銅器時代の文化と都市生活の優れた証拠であること。


・高度な手工業技術、医療知識、そして独自の芸術表現を持つ文明の存在を示すこと。


・異なる文化圏(メソポタミア、インダス、中央アジア)との広範な交易と交流のハブであったこと。


・未解読の側面が多く、今後の研究によって新たな発見が期待される「謎めいた都市」であること。


などが評価されました。

現在、この貴重な世界遺産は、イラン文化遺産・観光・手工芸省によって保護・管理されています。しかし、乾燥地帯に位置するため、風化や侵食といった自然の影響を受けやすく、また、広大な遺跡の保護には、適切な保存修復技術と継続的な資金が必要です。不法な盗掘の脅威も常に存在しており、国際的な協力と支援が不可欠です。

結びに

世界遺産シャフリ・ソフタは、古代文明の豊かさと複雑さ、そしてその脆さを私たちに教えてくれます。「焼失した都市」という悲劇的な名前の背後には、高度な技術と芸術性を持ち、豊かな生活を営んでいた人々がいました。

彼らが築き上げた都市の姿、その中で培われた知恵、そして突如として訪れた終焉の謎は、今も私たちを魅了し、想像力を掻き立てます。シャフリ・ソフタの遺跡を訪れることは、単に過去の遺物を眺めるだけでなく、人類の歴史の深層に触れ、文明の栄枯盛衰、そして科学と文化の進歩がいかにして築かれてきたのかを深く考える機会となるでしょう。この謎多き都市が、未来の世代にもその姿を伝え続けてくれることを願ってやみません。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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