交易の要衝、謎多き古代文明:世界遺産カルアトル・バーレーン – 古代の港とディルムンの都

カルアトル・バーレーン
バーレーン王国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2005年/2008年、2014年範囲変更
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻32p
英文タイトルQal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

バーレーン北海岸に位置するカルアトル・バーレーンは、紀元前3千年紀初頭から16世紀にかけて継続的に人が居住してきた複合遺跡です。古代メソポタミア文明の記録にも登場する謎多き古代文明「ディルムン」の中心地であり、重要な交易港として繁栄しました。その歴史的意義と、異なる時代にわたる文化の重層性が評価され、2005年にユネスコの世界遺産に登録されました。数千年にわたり東西の交易を結びつけてきたこの地の魅力に迫ります。

目次

カルアトル・バーレーンとは? その地理と歴史的背景

カルアトル・バーレーンは、アラビア湾に突き出した半島状の地形に位置し、周囲を豊かな海洋資源に囲まれています。この戦略的な立地は、古代から海上交易の中継地として重要な役割を担う要因となりました。特に、メソポタミア(現在のイラク周辺)とインダス文明(現在のパキスタン周辺)を結ぶ交易ルートの中間に位置し、両文明にとって不可欠な銅や木材、貴石などの交易拠点として栄えました。

この地が歴史に名を残すのは、古代メソポタミアのシュメール人の粘土板文書に登場する「ディルムン」という地名です。シュメール神話では、ディルムンは「日の昇る場所」「聖なる清浄な地」「生ける者の地」とされ、楽園のような理想郷として描かれていました。考古学的な調査の結果、カルアトル・バーレーンこそが、この伝説のディルムンの中心地であった可能性が高いと考えられています。

多層的な遺跡:数千年の歴史を物語るテルの存在

カルアトル・バーレーンの最も顕著な特徴は、「テル」と呼ばれる人工の丘です。これは、数千年にわたる人々の居住と建築活動が繰り返される中で、古い建造物の遺構が積み重なって形成されたものです。カルアトル・バーレーンのテルは、高さ約12メートル、東西約300メートル、南北約600メートルという巨大な規模を誇り、その断面には、ディルムン時代をはじめとする、様々な時代の文化層が確認されています。

発掘調査によって、紀元前3千年紀初頭の初期ディルムン文化から、中期ディルムン文化(紀元前2千年紀)、新バビロニア時代、アケメネス朝ペルシア時代、セレウコス朝時代、パルティア時代、サーサーン朝ペルシア時代、そしてイスラーム時代に至るまで、多岐にわたる時代の遺構が発見されています。これは、この地が単なる一時的な交易拠点ではなく、長きにわたり繁栄を続けた重要な都市であったことを示しています。

ディルムン文明の中心地:交易と文化の交流拠点

カルアトル・バーレーンは、ディルムン文明の中心地として、広範囲にわたる交易ネットワークを築き上げていました。メソポタミアからは穀物、油、織物などが、インダス文明からは銅、象牙、貴石などが、そしてバーレーン自体からは真珠などが取引されていました。

発掘調査では、インダス文明の印章や、メソポタミアの円筒印章、さらには遠隔地の陶器などが多数発見されており、当時の活発な交易活動を物語っています。特に、ディルムン独自の円筒印章は、メソポタミアやインダス文明の遺跡からも発見されており、ディルムンが単なる中継地ではなく、独自の文化を持つ交易国家として存在していたことを示唆しています。また、神殿や宗教的な遺構も見つかっており、ディルムン文明の精神文化の一端を垣間見ることができます。

16世紀のポルトガル要塞:大航海時代の痕跡

カルアトル・バーレーンのテル頂上には、16世紀にポルトガルによって築かれた impressive な要塞が残っています。大航海時代、ポルトガルは香辛料貿易の支配を目指してアラビア湾に進出し、この地を重要な拠点としました。この要塞は、当時のヨーロッパの軍事建築技術を示す貴重な遺構であり、テルに積み重ねられた古代の文化層の上に、新たな歴史の層を加えています。

要塞の内部には、兵舎や倉庫、教会などの跡が残っており、当時のポルトガル兵の生活や活動を偲ばせます。また、要塞からは周囲の海を一望でき、戦略的な重要性を改めて感じさせます。このポルトガル要塞は、カルアトル・バーレーンが古代から近世に至るまで、常に国際的な交易と政治の舞台であったことを示す象徴的な存在です。

世界遺産としての価値と保護の課題

カルアトル・バーレーンが世界遺産に登録されたのは、その「類まれな普遍的価値」が認められたためです。具体的には、

・紀元前3千年紀から16世紀にかけての継続的な居住の証拠を示しており、古代の港湾都市の発展と変遷を理解する上で重要であること。


・古代メソポタミア文明とインダス文明を結ぶ交易の中心地であり、文化交流の重要な拠点であったこと。


・伝説の地「ディルムン」の中心地である可能性が高く、古代オリエントの歴史と神話の研究において重要な意味を持つこと。


・テルという地形の中に、数千年にわたる文化層が保存されており、考古学的な研究価値が極めて高いこと。


・16世紀のポルトガル要塞が、大航海時代の歴史と、この地の国際的な重要性を示していること。
などが挙げられます。

現在、カルアトル・バーレーンの遺跡は、バーレーン文化庁によって保護・管理されています。しかし、テルという地形の特性上、風雨による侵食や塩害の影響を受けやすく、継続的なモニタリングと適切な保存措置が求められています。また、周辺地域の開発との調和を図りながら、遺跡の景観を保護することも重要な課題です。

結びに

世界遺産カルアトル・バーレーンは、数千年にわたる人類の営みを伝える貴重な遺跡です。古代の港湾都市の繁栄、謎多きディルムン文明の存在、そして大航海時代の痕跡が、この一つの場所に凝縮されています。テルに足を踏み入れれば、悠久の歴史の流れを感じ、東西の文化が交錯した古代の活気に思いを馳せることができるでしょう。この地が未来永劫にわたり、人類共通の遺産として大切に守り伝えられていくことを願ってやみません。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

コメント

コメントする

目次