| 国 | バーレーン王国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2005年/2008年、2014年範囲変更 |
| 登録基準 | (ⅱ)(ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻32p |
| 英文タイトル | Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都とは
古代ディルムン文明の中心
カルアトル・バーレーンは、バーレーン島北岸に位置する重要な考古遺跡であり、古代ディルムン文明の都心部として紀元前3千年紀から数千年にわたり繁栄した歴史を有しています。2012年にユネスコの世界文化遺産に登録されたこの遺跡は、古代メソポタミア文献にたびたび登場する交易国家「ディルムン」の中心地であったとされ、湾岸地域における都市発展と海上交易の重要拠点として高く評価されています。
この遺跡の中心には、「カルアト(城塞)」と呼ばれる巨大な石造要塞があり、その周辺に広がる都市遺構、港湾施設、住宅地、神殿跡、墓地、農業用水路跡など、多様な構成要素から成り立っています。都市の構造は時代とともに変遷し、ディルムン期からアッシリア、アケメネス朝、サーサーン朝、さらにイスラーム時代までの複数の文化層が積み重なっています。これにより、カルアトル・バーレーンは約4,000年以上にわたる継続的な都市活動を物語る希少な例として知られています。
遺跡からは、多くの建造物跡とともに、交易に関連する遺物が多数発見されています。とりわけ、印章、陶器、青銅器、貝製品、ラピスラズリなどの出土品は、インダス文明やメソポタミア文明との長距離交易が盛んであったことを示しています。ディルムンは、メソポタミアの文献において「楽園」や「神々の地」と称されるほど神聖視され、また富と交易の中継地としての役割も担っていたと記されています。その象徴的な中心としてカルアトル・バーレーンは機能していたのです。
考古学的調査により、港湾機能を持つ構造物も発見されており、この都市が海上交易の結節点として発展していたことが裏付けられています。浅瀬の海を利用した天然の入り江と人工的に構築された波止場によって、定期的な船の往来と物資の積み下ろしが行われていたと考えられています。また、周辺には農地跡や井戸、灌漑施設も確認されており、都市住民の生活基盤として農業も重要な役割を担っていたことが明らかになっています。
さらに、城塞部分はヘレニズムやイスラーム時代に改築され、軍事的拠点や行政機関として機能していた痕跡も残されています。石造建築の技術や都市計画の変遷は、この地域が多様な文化・文明の影響を受けながら継続的に発展してきたことを物語っています。
カルアトル・バーレーンは、交易・農業・宗教・防衛という多面的な都市機能を長期にわたり兼ね備えていた、湾岸地域における複合的な都市文明の象徴です。その歴史的意義と遺構の保存状態の良さにより、現在も中東考古学において重要な研究対象となっています。古代ディルムンの都としての面影を今に伝えるこの遺跡は、海と人類の交流の原点を体現する世界的な文化遺産です。

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