| 国 | ヨルダン・ハシェミット王国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1985年 |
| 登録基準 | (ⅰ)(ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻34p |
| 英文タイトル | Petra |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
隊商都市ペトラとは
古代ナバテア王国の隊商都市
ヨルダン南部の山岳地帯に位置するペトラは、かつてナバタイ人によって築かれた古代都市であり、紀元前1世紀から紀元1世紀にかけて交易の要所として栄えました。この都市は、アラビア半島から地中海へと至る香料や絹などの交易路の交差点に位置し、豊かな交易利益を背景に独自の文化と建築を発展させました。1985年にはユネスコの世界文化遺産に登録され、その卓越した美観と歴史的価値から「中東の秘宝」とも称されています。
ペトラの最も顕著な特徴は、岩を彫り抜いて築かれた壮大な建築物群にあります。特に有名なのが「エル・ハズネ(宝物殿)」と呼ばれるファサード建築で、切り立った砂岩の崖面に高さ40メートルにもおよぶ華麗な彫刻が施されています。その建築様式にはヘレニズム、ローマ、エジプトの影響が見られ、ペトラが多文化的な交易都市であったことを象徴しています。
都市内部には王族や貴族の墓所、神殿、集会場、円形劇場などが点在しており、ナバタイ人の宗教観や社会構造がうかがえます。住宅や市場の遺構も確認されており、都市としての機能が高度に組織されていたことがわかります。特に注目すべきは、水資源が乏しい地域にもかかわらず、都市内には水路、貯水槽、ダムなどの巧妙な水利施設が整備されていた点です。これにより、ペトラは乾燥した環境下でも安定した生活と農業が可能となり、人口の増加と商業活動の発展を支えました。
ナバタイ人は遊牧民出身でありながら、交易によって蓄えた富を文化的・技術的に昇華させ、砂岩という地質を巧みに利用した都市景観を創出しました。彼らはまた、独自の文字を用いながらアラム語やギリシア語など他文化の言語とも接触しており、碑文や墓碑などからその交流の痕跡が確認されています。
ペトラは106年にローマ帝国に併合された後も一定の重要性を保ちましたが、交易路の変化や地震の影響によって徐々に衰退し、やがて歴史の表舞台から姿を消します。長らく忘れ去られていたこの都市は19世紀に再発見され、以後、その壮麗さと謎めいた歴史が多くの探検家や考古学者の関心を集めることとなりました。
今日のペトラは、古代の建築技術と自然景観が一体となった稀有な文化遺産として、訪れる人々に強い印象を残します。その保存状態と美的価値、そして文明の交差点としての意義から、ペトラは古代中東世界における文化的繁栄の証しとして世界的に高く評価されています。

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