ピュー族の古代都市群

ピュー族の古代都市群
北畑哲也, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
ミャンマー連邦共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2014年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻37p
英文タイトルPyu Ancient Cities

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

ピュー族の古代都市群とは

ミャンマーの基礎を築いた王朝跡

ピュー族の古代都市群は、ミャンマー中部の乾燥地帯に広がる三つの主要遺跡――ベイタノ、ハリン、スリカセットから構成されており、2014年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。これらの都市は、紀元前2世紀から9世紀にかけてこの地域に栄えたピュー文化の中心地であり、インド文化の影響を受けつつも独自の宗教・建築・都市計画を発展させた先進的な文明の証拠を今に伝えています。

ピュー族は、チベット=ビルマ語族に属する民族であり、イラワジ川流域に早くから定住して農耕社会を築いていました。彼らの都市は、高度な土木技術と宗教的理念に基づいて設計されており、都市の中心には仏教寺院やストゥーパ、儀礼施設が整然と配置され、周囲を堅固な城壁や堀が取り囲んでいました。特にハリン遺跡では、直径数十メートルに及ぶ大規模なストゥーパや、仏教僧院跡、墓地、金属工房跡が確認され、ピュー社会の宗教的・経済的生活の複合性が明らかになっています。

ピュー文化において最も顕著なのは、仏教の受容と都市機能への取り込みです。インドから伝来した仏教は、この地で急速に広まり、ピュー族のアイデンティティと政治秩序の核となりました。ハリンでは、ビルマ最古級のパーリ語碑文や仏像、仏教説話を描いた浮彫が出土しており、仏教が王権の正統性を支える役割を果たしていたことがうかがえます。また、都市には衛生設備や貯水システムが整備され、当時としては先進的な都市機能を備えていました。

これらの都市群は、インドと中国を結ぶ交易路の要衝に位置し、南アジア、東アジア、東南アジアの文化や物資の交流点としても機能していました。発掘調査では、中国の漢代の銅銭、インドの宝飾品、ローマ帝国由来のガラス製品などが見つかっており、ピュー都市が国際的な交易のネットワークに組み込まれていたことが裏付けられています。また、都市の設計や装飾には外来文化の影響が見られつつも、それらを自らの文化に融合させた独自性が際立っています。

ピュー族の都市は9世紀ごろ、ビルマ族の進出とともに衰退し、後のバガン王朝の成立へと歴史は移行していきます。しかし、ピュー文化はビルマ文明の礎として、その都市計画、宗教制度、社会構造に大きな影響を与えました。今日、これらの遺跡はミャンマー最古の文明の実像を知る貴重な史料群として位置づけられ、国家的・国際的な保護のもとに保存が進められています。

ピュー族の古代都市群は、東南アジアにおける初期都市文明の一典型として、また仏教的世界観と都市機能の融合を示す貴重な例として、世界遺産としての価値を高く評価されています。その静かな大地に刻まれたレンガの遺構や仏教芸術は、今もなお、遥かなる時の流れを越えて過去の栄光を静かに物語っています。

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