アンコールの遺跡群

アンコールの遺跡群
ヤクブ・ハウン, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
カンボジア王国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1992年
登録基準(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻38p
英文タイトルAngkor

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

アンコールの遺跡群とは

アンコール朝の栄華を伝える聖なる遺構

アンコールの遺跡群は、カンボジア北西部、シェムリアップ州に位置するクメール王朝の首都遺跡であり、9世紀から15世紀にかけて繁栄した東南アジア最大級の古代都市文明の痕跡を今に伝えています。1992年にユネスコの世界文化遺産に登録されたこの遺跡群は、広大な森林地帯に点在する数百に及ぶ寺院、王宮、貯水池、道路、運河といった大規模な都市インフラを含み、歴史的・建築的・宗教的に極めて高い価値を有しています。

アンコール遺跡群の中心をなすのは、アンコール・ワットとアンコール・トムの2つの巨大建築です。アンコール・ワットは12世紀前半、スールヤヴァルマン2世によって建立されたヒンドゥー教寺院であり、ヴィシュヌ神を主神とする宇宙観を表現した建築物です。その五基の塔はヒマラヤの聖山メール山を象徴し、周囲を囲む回廊には『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』の叙事詩が緻密に彫刻されています。その規模、構造の対称性、精緻な彫刻は、古代クメール建築の絶頂期を示すものとされています。

一方、アンコール・トムはジャヤヴァルマン7世が建立した仏教都市で、中央にそびえるバイヨン寺院には、四面に微笑む観音菩薩の顔が彫られた塔が林立し、「クメールの微笑」として知られる独特の表現がなされています。バイヨンはヒンドゥー教から仏教へと宗教的中心が移行したことを示す重要な証拠であり、ジャヤヴァルマン7世の治世下における信仰の広がりと、国王の神聖視の強まりを物語ります。

アンコールの文明は、宗教と王権が密接に結びついた政治体制の下で発展しました。王は神の化身とされ、その権威は神殿建築を通じて表現されました。さらに、アンコールでは膨大な貯水池(バライ)や運河網が建設され、季節変動の大きい気候の中でも農業生産を安定させる高度な水利システムが整備されていました。この灌漑技術は都市人口の維持や王権の強化に不可欠であり、アンコールを東南アジア最大の都市へと押し上げた基盤となりました。

15世紀に入り、タイ勢力の侵攻や水資源の枯渇、宗教観の変化などが重なり、アンコールの都は次第に放棄されていきました。しかし、遺跡群は密林に覆われながらもその姿を残し、19世紀に西洋の学者によって再発見されたのち、世界中の注目を集めることとなりました。

今日、アンコールの遺跡群は、クメール文化の栄光と創造力の象徴として、また東南アジアにおける宗教的・技術的融合の顕著な例として、高い文化的・学術的価値を持ち続けています。その広がりと芸術性、そして人類が築いた古代都市のありようを知る上で、比類のない遺産といえるでしょう。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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