古代都市サーマッラー

古代都市サーマッラー
クリス・ホーア, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
イラク共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2007年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分危機遺産
公式テキストページ中巻47p
英文タイトルSamarra Archaeological City

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

古代都市サーマッラーとは

唯一原形を残すアッバース朝の都市遺跡

古代都市サーマッラーは、イラク中部のティグリス川中流域に位置する、アッバース朝時代の壮大な都市遺構である。9世紀半ば、カリフ・ムウタスィムによって建設されたこの都市は、833年から892年まで約60年間、アッバース朝の首都として栄えた。都市の広がりは南北約40キロメートル、東西約5キロメートルに及び、当時としては世界でも最大級の都市計画に基づく建設事業であった。その規模と保存状態の良さから、2007年にユネスコの世界遺産に登録された。

サーマッラーの都市設計は、軍事的、行政的、宗教的機能を効率的に統合する目的で組織されていた。中心部にはカリフの居城であるダーリ・アル・ハリーファ(カリフの宮殿)が築かれ、その広大な敷地には壮麗な謁見の間や庭園、行政機関、居住空間などが配置されていた。また、都市の象徴とも言えるのが、巨大なスパイラル・ミナレット(螺旋型の尖塔)をもつマルウィーヤ・モスクである。このミナレットは高さ50メートル以上にもおよび、粘土レンガで築かれた独特の構造は、イスラーム建築史上でも極めて珍しい存在である。

都市の北部と南部には軍団用の居住区が計画的に整備されており、アッバース朝の軍制改革と中央集権化の試みを体現していた。また、騎馬競技用の大競技場や狩猟用の庭園、商業施設や職人の工房なども発掘されており、サーマッラーが単なる政治の中心ではなく、文化・宗教・経済の拠点としても重要な役割を担っていたことが明らかになっている。

注目すべき点は、建築様式の革新性である。サーマッラーでは、「スタッコ」と呼ばれる漆喰装飾が内壁を飾っており、幾何学模様や植物文様、抽象的な浮彫りなどが施されていた。これらは後のイスラーム建築に大きな影響を与え、イスラーム美術の発展に寄与したとされる。また、木造の梁やドーム構造の使用など、当時の建築技術の高さもうかがえる。

サーマッラーは、政治的には短命であったものの、その都市計画、建築技術、芸術様式の面で後世に大きな影響を与えた。特に、イスラーム世界における初期の大規模な計画都市としての価値は計り知れず、現在の遺構はその壮麗さと機能性を伝える貴重な資料となっている。長年にわたる保存状態の良さと発掘調査の成果により、サーマッラーは9世紀のイスラーム世界の政治・宗教・文化の在り方を現代に伝える重要な証言者であり続けている。

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世界遺産ハントの管理人。

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