ハンピの都市遺跡

ハンピの都市遺跡
デイ・サンディップ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
インド
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1986年/2012年範囲変更
登録基準(ⅰ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻54p
英文タイトルGroup of Monuments at Hampi

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

ハンピの都市遺跡とは

現代によみがえる勝利の都

ハンピの都市遺跡は、南インド・カルナータカ州に位置するヴィジャヤナガル王国のかつての首都であり、14世紀から16世紀にかけて南インド最大の政治・宗教・文化の中心地として栄えた壮大な都市遺跡です。壮麗な石造建築群とドラヴィダ様式の寺院、巧妙な都市計画、精緻な彫刻芸術によって構成されるこの遺跡は、1999年にユネスコの世界遺産に登録され、インド亜大陸における中世都市文明の最高峰のひとつとして高く評価されています。

ハンピの都市構造は、トゥンガバドラ川沿いの花崗岩の岩山地帯を活かした天然の防御機能と、広大な城壁、王宮区、寺院群、交易市場、貯水池、運河などの都市施設が有機的に配置された設計により、高度な都市建築技術を示しています。都市の中心には王宮跡が広がり、そこには王の謁見の間、貴族の居館、象舎、水の宮殿など、多様な建造物が残されています。中でも八角形の「蓮の館」や、象の行進に用いられた「象の厩舎」は、宮廷文化と石造建築の技術水準の高さを伝える代表例です。

宗教建築としては、「ヴィルーパークシャ寺院」や「ヴィッタラ寺院」が特に有名で、ハンピの宗教的・芸術的な中心であったことを示しています。ヴィッタラ寺院の境内には、石造でありながら移動可能に見える精緻な戦車型の神輿(ラタ)や、打つと音階が響く「音楽の柱」と称される石柱群が存在し、職人技の極致を体現しています。寺院の彫刻にはヒンドゥー教の神々、神話、儀礼、舞踊、動物など多様な主題が刻まれており、当時の宗教観と芸術感覚が融合した文化的表現が見て取れます。

また、ハンピはヴィジャヤナガル王国の商業都市としても重要であり、広場や通りには石造の商店跡や市場施設が整備されていました。アラブ、ペルシア、ヨーロッパなど遠方からの交易商が集まり、胡椒、綿織物、宝石などが取引される国際的な交易都市として機能していたことが、文献や旅行者の記録からもうかがえます。

この都市は1565年のターリコータ戦における敗北によって急速に衰退し、略奪と破壊を受けて放棄されましたが、その遺構は乾燥した気候と岩盤地形のおかげで比較的良好な保存状態を保っています。現在のハンピは、宗教・芸術・政治・経済の各側面が一体となった総合的な都市遺産であり、中世南インド文明の豊かさと多層的な文化の交差点を物語る歴史的証言となっています。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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