アーグラ城

アーグラ城
A.サビン, FAL, via Wikimedia Commons
インド
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1983年
登録基準(ⅲ)
その他の区分
公式テキストページ中巻98p
英文タイトルAgra Fort

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

アーグラ城とは

ムガル帝国の栄華を伝える赤い城

アーグラ城は、インド北部ウッタル・プラデーシュ州の都市アーグラに位置する壮麗な城塞で、ムガル帝国の栄光を今に伝える重要な歴史遺産です。この城は、赤砂岩を用いて築かれたことから「レッド・フォート(赤い城)」とも呼ばれ、インドのイスラーム建築とヒンドゥー建築が融合した独自の様式を備えています。1983年にユネスコの世界遺産に登録され、その美しさと歴史的価値から、インドを代表する文化財のひとつとして世界的に知られています。

アーグラ城の歴史は11世紀に遡りますが、本格的に現在の姿に整備されたのは16世紀後半、ムガル帝国のアクバル大帝の時代です。彼はこの地に広大な城郭を築き、以後のムガル皇帝たちもこの城を拠点として利用しました。城の中には王宮やモスク、謁見の間、庭園などが整備されており、ムガル帝国の宮廷文化と政治の中心として機能していました。

建築様式はムガル様式の粋を集めており、特にアクバルやシャー・ジャハーンの時代に建設された建造物は優れた美術工芸の技術が見て取れます。代表的な建物には、白大理石で造られた「モティ・マスジド(真珠のモスク)」や、シャー・ジャハーンが幽閉されたとされる「ムサンマン・ブルジュ」があります。後者は、ヤムナー川の向こうに愛妻ムムターズ・マハルの霊廟であるタージ・マハルを望むことができることで有名です。

アーグラ城は外周約2.5キロメートルにも及ぶ堅固な城壁で囲まれており、防御施設としての機能も重視されていました。巨大な門や見張り塔、複雑な通路配置などからは、戦略的な設計思想がうかがえます。一方で、内部には繊細な彫刻や装飾が施された宮殿や庭園が広がり、権力と美の両立を追求したムガル王朝の精神が色濃く反映されています。

この城は、歴代のムガル皇帝の栄華とともに、インドの政治的な変遷を象徴する場所でもあります。シャー・ジャハーンが息子アウラングゼーブによって幽閉された出来事や、イギリス東インド会社の支配下に置かれた時代など、インド史における数々の重要な出来事の舞台となりました。

現在では、アーグラ城は多くの観光客に開放されており、ムガル時代の建築や歴史に触れる貴重な機会を提供しています。その荘厳な建築と深い歴史は、訪れる人々に感動と学びを与える存在であり、インドの文化遺産の中でも特に重要な位置を占めています。アーグラ城は、過去の栄光と権力の象徴として、今も静かにヤムナー川のほとりに佇んでいます。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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