| 国 | イラン・イスラム共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1979年 |
| 登録基準 | (ⅰ)(ⅴ)(ⅵ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻110p |
| 英文タイトル | Meidan Emam, Esfahan |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
イスファハーンのイマーム広場とは
アッバース1 世が建造した「イランの真珠」
イラン中部に位置する都市イスファハーンの中心に広がるイマーム広場(旧称:王の広場)は、イスラム建築と都市計画の粋を集めた歴史的空間です。サファヴィー朝時代の17世紀初頭に建設され、イラン・イスラム文化の象徴的な存在として高く評価されており、1979年にユネスコの世界遺産に登録されました。その整然とした構成、美しい建築群、そして市民生活と宗教・政治が融合する空間としての機能において、世界的にも類例の少ない広場です。
イマーム広場の建設は、サファヴィー朝第5代シャー・アッバース1世の統治期(在位1588~1629年)に始まりました。彼は、イスファハーンを新たな首都と定め、その中心に巨大な公共空間を設けることで、王権の威信と宗教的権威を示そうとしました。広場の大きさは南北約500メートル、東西約160メートルにおよび、世界でも有数の規模を誇ります。その整形な長方形の空間は、見事な左右対称の設計がなされ、周囲には精緻なアーケードが取り囲んでいます。
この広場の特色は、四方を取り囲む象徴的な建築物に見て取れます。南側にはイマーム・モスク(旧称:シャー・モスク)が位置し、壮麗なタイル装飾と精巧なドーム構造で知られています。東側にはシェイク・ロトフォッラー・モスクがあり、王族専用の礼拝所として用いられたこのモスクは、外観の華やかさと内部空間の静謐さが見事に融合しています。西側にはアーリー・ガープ宮殿がそびえ、これは王が群衆を見渡すための閲覧台と政務の場として使われていました。北側はカイセリーエ門を通じて、かつての大バザールへと通じ、経済と宗教、政治の機能が一体となる都市構造が見事に表現されています。
イマーム広場は、単なる政治的・宗教的施設の集積にとどまらず、都市生活の中心でもありました。祝祭や馬上競技、市場、民衆の集会といった市民生活の営みが、日常的にこの空間で展開されてきました。サファヴィー朝の時代には、広場全体が王権の象徴であると同時に、庶民が身近に利用する公的空間としても機能していたことは注目に値します。宗教、政治、経済、文化が交差する空間構成は、当時の都市計画思想の先進性を物語っています。
また、装飾美術の面においても、イマーム広場とその周辺建築は非常に高い評価を受けています。青やターコイズ色を基調としたタイル、アラベスク模様、カリグラフィーなど、ペルシャ建築美の粋を凝縮した表現が随所に見られます。これらの意匠は単に装飾としてだけでなく、イスラムの宇宙観や信仰心を視覚的に伝える手段ともなっており、訪れる人々に深い精神的印象を与えます。
今日のイマーム広場は、イスファハーン市民のみならず、世界中の来訪者に愛される場所として維持・整備されています。その壮大な空間構成と芸術性は、かつてのサファヴィー朝の栄華を物語るとともに、現在でも都市と人々の関係を象徴する生きた遺産として、高い文化的価値を保ち続けております。

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