ベート・シェアリムのネクロポリス:ユダヤ人再興の中心地

ベート・シェアリムのネクロポリス:ユダヤ人再興の中心地
ניר ר, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
イスラエル国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2015年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)
その他の区分
公式テキストページ中巻123p
英文タイトルNecropolis of Bet She’arim: A Landmark of Jewish Renewal

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

ベート・シェアリムのネクロポリス:ユダヤ人再興の中心地とは

第二次ユダヤ戦争後の初期ユダヤ教の地下墓地

ベート・シェアリムのネクロポリスは、現在のイスラエル北部に位置する古代の墓所であり、ユダヤ人の歴史と精神文化の中で極めて重要な意義を持つ遺跡です。紀元2世紀から4世紀にかけて使用されたこの地下墓地は、ユダヤ人の宗教的中心地の一つであり、特にディアスポラに暮らすユダヤ人たちの帰属意識と再興の象徴として知られています。2015年にユネスコの世界遺産に登録されました。

ベート・シェアリムは、ローマ帝国支配下にあった時代に栄えた町で、ユダヤ人社会において宗教的・学問的中枢をなしていました。特に注目されるのが、サンヘドリン(ユダヤ人最高宗教議会)の長を務めたユダ・ハ=ナシ(ユダヤ教指導者)との関連です。彼は、ミシュナ(ユダヤ法の口伝律法)を編纂したことで知られ、その功績によりユダヤ人共同体における精神的指導者として広く尊敬されました。彼の埋葬地としてベート・シェアリムは聖地と見なされ、後に多くのユダヤ人がこの地に埋葬されることを望み、実際に遠く離れた地からも遺体が運ばれてきました。

ネクロポリスは石灰岩を掘削して造られた広大な地下墓地であり、複数のカタコンベ(地下墓所)から構成されています。これらの墓所には、家族墓や個人墓のほか、石棺や骨壺なども多数見つかっており、当時の埋葬習慣や社会構造、芸術的感性をうかがい知ることができます。墓の内部にはギリシア語やヘブライ語、アラム語など複数言語で刻まれた碑文があり、地中海世界に広がっていたユダヤ人共同体の存在とそのつながりが明らかになります。

また、墓所の壁面や石棺には、動植物や宗教的象徴、さらには建築的モチーフなど多様な装飾が施されており、当時のユダヤ人の宗教観と美術表現の融合が見て取れます。特に、ユダヤ教において偶像崇拝が禁じられているにもかかわらず、一部に具象的なモチーフが用いられている点は、時代的・地域的影響を反映した柔軟な宗教的表現といえます。

ベート・シェアリムのネクロポリスは、単なる墓所を超えて、ユダヤ人のアイデンティティと信仰の根幹を象徴する場所です。ローマによるエルサレム破壊後、多くのユダヤ人が離散を余儀なくされる中、この地は精神的な拠り所として機能しました。ユダ・ハ=ナシによる学問と信仰の統合、そしてその遺志を継ぐ人々による埋葬の選択は、民族の再生と連帯を示す強い意志の表れといえるでしょう。

現在、ベート・シェアリムは考古学的・宗教的価値の高い遺跡として保存されており、訪れる人々に古代ユダヤ人社会の豊かな文化と歴史を伝えています。静寂に包まれたこの地下の都市は、過去と現在をつなぐ重要な記憶の場として、今なお人々の尊敬と関心を集めています。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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