アッコの旧市街

アッコの旧市街
イスラエルからのイスラエル観光, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
イスラエル国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2001年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅴ)
その他の区分
公式テキストページ中巻101p
英文タイトルOld City of Acre

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

アッコの旧市街とは

十字軍の遺構の上に建てられた城塞都市

アッコの旧市街は、イスラエル北部の地中海沿岸に位置する歴史的都市アッコ(アクレ、アク)の中心部にあり、古代から近代に至るまで数多くの文明が交錯した文化遺産です。十字軍時代とオスマン帝国時代の都市構造が層状に重なって残されており、考古学的にも都市史的にも極めて高い価値を有しています。2001年には「アッコの旧市街」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。

アッコは紀元前から港町として栄え、地中海交易の要所として多くの民族や王朝の支配を受けてきました。特に12世紀から13世紀にかけては、十字軍国家エルサレム王国の主要都市および拠点港として機能しており、聖ヨハネ騎士団やテンプル騎士団による宗教的・軍事的施設が築かれました。これらの遺構は現在、地下に良好な保存状態で残されており、発掘調査により騎士の広間、回廊、貯水施設、牢獄跡などが確認されています。

十字軍時代の都市が1291年にマムルーク朝によって征服された後、アッコは再びアラブ・イスラーム圏に組み込まれ、その後オスマン帝国の支配下に置かれました。18世紀にはアッコを拠点とした地方支配者ジャザール・パシャによって都市の再建が行われ、今日の旧市街の景観の多くがこの時代に形成されました。石造りの家屋、モスク、スーク(市場)、公共浴場(ハマーム)などが密集する都市構造は、オスマン期の特徴を色濃く残しています。

アッコはまた、さまざまな宗教・民族が共存してきた町としても知られています。イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、バハイ教徒などが共に暮らし、それぞれの信仰に基づいた建築や文化が都市の中に融合しています。都市の中には現在も機能している宗教施設や共同体があり、歴史遺産としてだけでなく、現代の多文化都市としての側面も持ち合わせています。

アッコの旧市街は、その保存状態の良さ、時代ごとの都市構造の重層性、多文化的な歴史背景により、地中海東岸における都市発展と文化交流の証として極めて重要な価値を有しています。現在では遺産保護と観光活用の両立が図られており、歴史と現代が調和する町として世界中の関心を集めています。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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