| 国 | シリア・アラブ共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2011年/2013年危機遺産登録 |
| 登録基準 | (ⅲ)(ⅳ)(ⅴ) |
| その他の区分 | 危機遺産 文化的景観 |
| 公式テキストページ | 中巻46p |
| 英文タイトル | Ancient Villages of Northern Syria |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
シリア北部の古代集落群とは
熟練の農業生産技術を表す遺構群
シリア北部の古代集落群は、オルテミス山脈を中心とした地域に点在する40以上の集落跡から構成され、4世紀から8世紀にかけて主にビザンツ時代に繁栄した人々の暮らしを今に伝える貴重な遺産である。これらの集落は、「死せる都市群(Dead Cities)」とも呼ばれるが、単なる廃墟ではなく、地中海世界の農村社会が最も安定し発展していた時代の実像を静かに物語る。2011年にユネスコの世界遺産に登録された。
この遺跡群は、ジバル・アル=アラビ、ジバル・スムマーク、ジバル・ザウィヤといった丘陵地帯に位置し、アレッポ県とイドリブ県にまたがる。保存状態がきわめて良好であり、都市計画、建築技術、宗教建築、農業の営みなどを包括的に観察することができる。特筆すべきは、生活感の残る家屋、教会、浴場、倉庫、農園、圧搾機などがそのままの姿で現存している点で、都市だけでなく周辺の農業システムと密接に連動した形で機能していたことがうかがえる。
これらの集落の成立はローマ帝政末期にさかのぼるが、ビザンツ帝国時代に入ってから急速に発展を遂げた。その背景には、ローマ街道網の発達や交易の活性化、キリスト教の普及がある。特にキリスト教の受容はこの地域の文化と建築に深い影響を与え、多くの教会建築が築かれた。中でもクルブ・ルハーやセルジッラなどの集落には、5世紀に建てられたバシリカ様式の教会堂が残り、外壁、列柱、祭壇、モザイク装飾などが当時の信仰の厚さと美術的水準を示している。
建築的には、石灰岩を用いた堅牢な構造が特徴であり、特別な装飾を施さずとも、その機能美が際立つ。一般住居には複数階の構造を持つものもあり、倉庫や馬屋などが併設されるなど、農業と家族生活の融合した生活空間が整っていた。また、当時のオリーブ油生産やブドウ栽培を支える圧搾機や貯蔵庫も確認され、農村経済の発達ぶりがうかがえる。
これらの集落群は8世紀以降、政治的・経済的変化や地中海世界における商業路の変動、あるいはイスラーム勢力の進出などを背景に次第に放棄され、静かに歴史のなかに埋もれていった。その後数世紀にわたり大規模な破壊や再開発を免れたことが、現在の優れた保存状態につながっている。
シリア北部の古代集落群は、単なる石造建築の集合ではなく、ある時代の農耕社会と宗教文化、そして人間の営みの全体像を伝える稀有な文化的景観である。戦乱や自然災害による損壊が懸念されるなかで、こうした遺構を保全し、後世に伝えることの意義は極めて大きい。古代末期から中世初期にかけての地中海東部の農村文明を知る手がかりとして、この地域の遺跡群は世界遺産として確かな価値を持ち続けている。

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