| 国 | レバノン共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1984年 |
| 登録基準 | (ⅲ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻46p |
| 英文タイトル | Anjar |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
アンジャルとは
ウマイヤ朝の栄華を今に伝える貴重な都市遺跡
アンジャルは、レバノンのベカー谷に位置する8世紀初頭のウマイヤ朝時代の都市遺跡であり、イスラーム都市計画の初期の姿を今に伝える貴重な考古遺産である。その成立は、ウマイヤ朝第2代カリフ、ワリード1世の時代にさかのぼるとされ、シリア・パレスチナ地方におけるウマイヤ朝の政治的・軍事的影響力を示すものとして注目されている。1984年にユネスコ世界遺産に登録された。
アンジャルは、当時の支配階層によって都市機能を計画的に整備された点が大きな特徴である。都市は長方形の形を成し、城壁で囲まれ、四方に門が設けられている。この幾何学的な配置は、ローマ・ビザンツ的な都市設計に倣ったもので、ウマイヤ朝が地中海世界の遺産をどのように受容し、自らの文化に取り込んでいったかを示している。城壁の内部には南北と東西を貫く二本の主要な通り(カルドとデクマヌス)が交差し、その交点を中心に商業、行政、宗教などの施設が配置されている。
遺構の中でもとくに重要なのが、2つの大規模な宮殿跡とモスク、そして集会所としての機能を果たしたと考えられる建造物群である。宮殿建築には石材が用いられ、柱廊やアーチ、装飾モチーフにはビザンツやサーサーン朝の様式が融合されており、東西文化の接点としてのアンジャルの位置づけを強く印象づける。彫刻装飾や建築構造の一部には、ローマ的な意匠とともに、イスラーム的な簡素で幾何学的な様式が共存しており、これは当時の建築技術と芸術観の変遷を示す貴重な資料とされる。
宗教施設としてのモスクは都市中心部にあり、礼拝用の広間と中庭を備えている。都市全体の構造がイスラーム的な礼拝習慣に即して設計されており、宗教と都市生活の密接な関係が読み取れる点も、アンジャルの大きな意義の一つである。
また、アンジャルはその建設からほどなくして放棄されたとみられており、歴史的に見ると短命な都市であった。しかし、このことがむしろ都市構造の保存状態の良好さをもたらし、後世の改築や再利用による変容をほとんど受けていないという点で、8世紀初頭のイスラーム都市計画をほぼそのまま確認できる稀有な例となっている。
現在の遺跡群は、広大なベカー谷の農地の中に静かにたたずみ、その幾何学的構造や壮麗な石造建築の遺構を通じて、初期イスラーム時代の都市文明のあり方を現代に伝えている。アンジャルは、ローマ・ビザンツ・ペルシア・アラブといった多様な文化の交差点としてのレバノンの歴史的特性を象徴する都市であり、その存在は中東における文明の連続性と融合の証である。

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