カルタゴの考古遺跡

チュニジア共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1979年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅵ)
その他の区分
公式テキストページ中巻254p
英文タイトルArchaeological Site of Carthage

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

カルタゴの考古遺跡とは

地中海を制した貿易国家の遺跡

カルタゴの考古遺跡は、チュニジアの首都チュニス近郊に位置する古代都市カルタゴの遺跡群であり、地中海世界の歴史において極めて重要な役割を果たした文明の痕跡を今に伝えています。この遺跡は1979年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

カルタゴは、紀元前9世紀にフェニキア人によって建設されました。以後、西地中海において強大な海洋国家として発展し、交易や海軍力を基盤に広大な勢力圏を築きました。とくに紀元前3世紀から前2世紀にかけてのローマとの三次にわたるポエニ戦争は、カルタゴの名を歴史に深く刻む出来事です。名将ハンニバルは第二次ポエニ戦争においてローマに大打撃を与えたことで知られます。

しかし、紀元前146年、第三次ポエニ戦争の末にカルタゴはローマによって徹底的に破壊され、その後はローマの属州として再建されました。ローマ時代のカルタゴは再び繁栄を取り戻し、北アフリカ有数の都市として発展しました。現在の考古遺跡には、フェニキア・カルタゴ時代とローマ時代の双方の建築遺構が共存しており、長い歴史の重なりが感じられます。

代表的な遺構には、古代カルタゴの都市防壁や、子供の供犠が行われたとされるトフェット(神聖な聖域)、ローマ時代の円形劇場、浴場、ヴィラ、貯水槽などが含まれます。とくにアントニヌス浴場は規模・保存状態ともに優れており、ローマ帝国の技術と都市生活の豊かさを物語る重要な遺構です。

カルタゴの遺跡は、異なる文明が交差し、破壊と再生を経て形成された歴史の層を視覚的に表現しています。また、フェニキア文化の痕跡を伝える貴重な数少ない遺産でもあり、古代地中海世界における交流と対立の舞台を現代に伝える貴重な証拠です。

今日のカルタゴ遺跡は、学術的価値のみならず、歴史的記憶の場としても重要な存在であり、地中海文化の形成における多様な影響の融合を象徴する遺産といえます。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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