昌徳宮

昌徳宮
バジル・モラン, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
大韓民国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1997年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
その他の区分
公式テキストページ中巻109p
英文タイトルChangdeokgung Palace Complex

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

昌徳宮とは

東アジアにおける宮廷建築の代表作

昌徳宮(チャンドックン)は、大韓民国ソウル特別市に所在する朝鮮王朝(1392年~1897年)の離宮のひとつであり、王室の居所として長く使用された宮殿です。韓国伝統の建築技術と自然との調和を重視した設計により、朝鮮王朝時代の宮殿建築の中でも特に完成度が高く、文化的・歴史的価値に優れていることから、1997年にユネスコの世界遺産に登録されました。

昌徳宮は、正宮である景福宮に次いで1405年に第3代国王・太宗によって建設されました。初めは補助的な宮殿という位置づけでしたが、文禄・慶長の役(壬辰倭乱)によって景福宮が焼失したため、以後約270年間にわたり昌徳宮が事実上の王宮として使用されました。そのため、ここでは歴代の多くの国王が居住し、政務を執った歴史があります。

昌徳宮の建築は、朝鮮時代の儒教思想に基づく秩序と、自然との調和を最大限に重視して設計されております。宮殿の配置は、周囲の山々の地形を活かし、不自然な直線ではなく、地形に沿って柔らかく広がるように建物が配置されています。こうした設計は、建物を主役とするのではなく、自然の風景と融合させることで、静けさと安定を演出する朝鮮建築の美学を示しています。

昌徳宮の中心には、正殿である「仁政殿(インジョンジョン)」があります。ここは王が公式の儀式を執り行う場であり、国家的重要事が取り扱われる場所でもありました。その背後には、王と王妃の居住空間である「大造殿(テジョジョン)」や「熙政堂(ヒジョンダン)」が配置されており、王宮としての機能が緻密に構成されています。

昌徳宮の中でも特に評価が高いのが、後苑(フウォン)と呼ばれる庭園です。「秘苑(ピウォン)」とも称されるこの庭園は、自然の地形と植生を活かして造られており、人工的な装飾を控えめにしながらも、池、東屋、楼閣、林などが絶妙なバランスで配置されています。王族が読書や休息、詩作などに使った空間であり、その静寂な美しさは訪れる人々に深い感銘を与えます。季節ごとに姿を変える後苑の風景は、まさに「動く絵画」とも言える存在です。

昌徳宮はまた、歴史的な出来事とも深く結びついています。例えば、19世紀末の政治的混乱期には、多くの事件がこの宮殿で起こりました。大韓帝国時代には、最後の国王である純宗もこの地で即位しています。その後、日本統治時代を経て、宮殿の多くは損壊や変容を受けましたが、20世紀後半より修復が進められ、現在の姿に近づいております。

昌徳宮は、単に建築的価値の高い宮殿であるだけでなく、朝鮮王朝の政治、文化、思想を凝縮した象徴的な空間でもあります。その自然との融合、儒教的な秩序美、静寂を尊ぶ庭園構成は、現代においても韓国の伝統文化を理解するうえで貴重な手がかりとなっています。今なお多くの人々に愛され、韓国の歴史と美意識を伝える重要な遺産となっています。

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この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

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