アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに位置する「ESMA博物館と記憶の場(Museo Sitio de Memoria ESMA)」は、2023年にユネスコ世界遺産に登録されました。この場所は、単なる歴史的建造物ではありません。それは、軍事独裁政権下の暗黒時代に行われた残虐行為、特に「コンドル作戦」との深い関係性を今に伝える、生きた証言の場なのです。
ESMA:恐怖の収容所が記憶の場へ

ownwork, CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, ウィキメディア・コモンズ経由で
ESMAとは、元々「海軍機械学校(Escuela de Mecánica de la Armada)」の略称です。しかし、1976年から1983年にかけてのアルゼンチン軍事独裁政権下では、ここは最も悪名高い秘密収容所の一つとして機能しました。推計で約5,000人もの人々がここに拉致され、拷問され、多くが「死のフライト」と呼ばれる方法で海に投棄されるなどして殺害されました。彼らは、政治的異論を唱える者、学生、労働者、ジャーナリスト、そして何の罪もない市民までもが含まれていました。
独裁政権の終焉後、市民社会による長年の闘いと国際社会の支援により、ESMAは破壊されることなく、その歴史的意義を後世に伝えるための記憶の場へと転換されました。現在、博物館として公開されているこの場所は、当時の施設の様子をそのまま保存し、犠牲者の名前、彼らが経験したであろう出来事、そして彼らの尊厳を回復するための展示がなされています。訪問者は、その場でかつて何が行われていたのかを肌で感じ、歴史の重みに触れることになります。
コンドル作戦:南米を覆った闇の連携
ESMAの悲劇を語る上で欠かせないのが、「コンドル作戦(Operación Cóndor)」です。これは、1970年代から1980年代にかけて、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビア、ブラジルといった南米の軍事独裁政権が、互いに協力して左翼系活動家や反体制派を弾圧するために展開した秘密作戦でした。
この作戦は、情報共有、誘拐、拷問、そして「越境」した反体制派の暗殺をも含む、国家による組織的なテロ行為でした。例えば、アルゼンチンで指名手配された人物がチリに逃亡しても、チリの秘密警察によって捕らえられ、アルゼンチンに引き渡されるといったことが日常的に行われていました。ESMAもまた、このコンドル作戦の重要な拠点の一つであり、他国で捕らえられた人々がここに送致され、あるいはここから他国に引き渡されるケースも存在しました。コンドル作戦は、南米全体に恐怖の網を張り巡らせ、数万人の命が奪われ、あるいは行方不明となるという、人類史上稀に見る大規模な人権侵害をもたらしたのです。
世界遺産としての意義:記憶の継承と再発防止のために
ESMA博物館と記憶の場が世界遺産に登録されたことは、単に一つの建築物が歴史的価値を認められた以上の意味を持ちます。それは、国家による組織的な人権侵害という暗い歴史を、人類共通の記憶として後世に語り継ぎ、二度とこのような悲劇を繰り返さないという国際社会の強い意志の表明なのです。
この場所は、犠牲者への追悼の場であると同時に、人権の尊厳と民主主義の重要性を学ぶための教育の場でもあります。訪問者は、独裁政権下で何が起こったのかを深く理解し、今日の世界においても人権侵害が決して許されない行為であることを再認識する機会を得ます。
ESMAとコンドル作戦の関係は、国家がその権力を行使する際に、いかに市民の自由と人権を軽視し、残虐な行為に及ぶ可能性があるかを示す痛ましい教訓です。世界遺産ESMA博物館と記憶の場は、私たちに過去と向き合い、その記憶を継承していくことの重要性を強く訴えかけています。それは、未来の世代がより公正で平和な社会を築くための、かけがえのない礎となるでしょう。
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