| 国 | セネガル共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1978 |
| 登録基準 | (ⅵ) |
| その他の区分 | 負の遺産 |
| 公式テキストページ | 中巻285p |
| 英文タイトル | Island of Gorée |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
ゴレ島とは
奴隷貿易の歴史を示す負の遺産
ゴレ島(Island of Gorée)は、セネガルの首都ダカール沖に浮かぶ小さな島であり、1978年にユネスコの世界遺産に登録されました。アフリカの歴史の中で最も悲劇的な遺産のひとつとされるこの島は、17世紀から19世紀にかけて奴隷貿易の中心地として機能しました。現在は、奴隷制度の記憶を伝える重要な場として保存され、世界中から訪れる人々が過去の歴史を学び、平和と人権への意識を高める場所となっています。
ゴレ島の歴史
ゴレ島は、15世紀にポルトガル人によって発見され、17世紀にはフランス、オランダ、イギリスによる支配が繰り返されながら、アフリカ西海岸の交易拠点として発展しました。特に17世紀以降、この島はアフリカ人の奴隷をヨーロッパやアメリカ大陸へと送る主要な拠点となり、多くの人々がここから過酷な航海へと旅立ちました。
奴隷貿易が終わると、ゴレ島は次第にその役割を失いましたが、現在も多くの歴史的な建造物が残り、奴隷貿易の記憶を後世に伝えています。島全体が記念施設のような役割を果たしており、人権と自由の尊さを学ぶ場として大切にされています。
主要な建築物と遺産
ゴレ島には、奴隷貿易時代の遺産が数多く残されており、訪れる人々に当時の過酷な状況を伝えています。
- 奴隷の家(Maison des Esclaves)
1780年頃に建てられたこの建物は、奴隷が集められ、船へと運ばれるまで監禁されていた場所です。「帰らざる扉(Door of No Return)」と呼ばれる出口があり、ここから奴隷たちは二度と故郷へ戻ることのない旅へと送り出されました。 - 植民地時代の建築物
ゴレ島にはフランス植民地時代の建造物が多く残っており、ヨーロッパの建築様式とアフリカの文化が融合した独特の都市景観を形成しています。 - 歴史博物館
奴隷貿易の歴史や、ゴレ島の変遷を学ぶ展示が充実しており、世界中から訪れる人々に人権の大切さを伝えています。
ゴレ島の保存と現代の価値
ゴレ島は、奴隷貿易の歴史を伝える重要な遺産として、ユネスコによる保護が進められています。現在も多くの観光客が訪れ、島の記念施設を見学しながら、過去の悲劇と向き合う機会を得ています。世界遺産として登録されたことにより、保存活動が強化され、歴史教育の場としての役割がより重要視されるようになりました。
ゴレ島を訪れることで、奴隷貿易の歴史を振り返り、人類の過去の過ちと向き合うことができます。今もなお、この島は世界平和と人権意識を高める場として、その価値を広く伝え続けています。

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