ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群

ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群
スミツライ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
インド
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2016年
登録基準(ⅳ)(ⅵ)
その他の区分
公式テキストページ中巻139p
英文タイトルArchaeological Site of Nalanda Mahavihara at Nalanda, Bihar

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群とは

学術・修道の中心となったインド亜大陸最古の大学

ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群は、インド東部ビハール州に位置する、古代インドにおける仏教教育の中心地として栄えた学問と信仰の場です。紀元5世紀から12世紀にかけて、アジア全域から学生や学僧を迎え入れたこの大規模な僧院大学は、世界最古級の高等教育機関の一つとされています。その歴史的価値と文化的意義が認められ、2016年にユネスコの世界遺産に登録されました。

ナーランダは、グプタ朝時代の5世紀初頭に創設されたと伝えられており、当初は仏教の修行と研究の場として出発しましたが、やがて哲学、医学、数学、天文学など多様な学問分野が教えられる知の殿堂へと発展していきました。最大で1万人以上の学生と2千人の教師が在籍していたとも言われ、インド国内だけでなく中国、チベット、朝鮮、東南アジアなどからも留学生が訪れた国際的な学術都市でした。

特筆すべきは、その教育体制と施設の充実ぶりです。入学には厳しい口頭試験が課され、入学後は段階的な学習と討論によって思考力と知識を養っていきました。建物群は、赤レンガ造りの僧院(ヴィハーラ)や講堂、仏塔(ストゥーパ)、仏像を安置した礼拝堂などから成り、整然とした配置と高度な建築技術が見られます。特に回廊に囲まれた僧院の設計は、居住空間と学習空間を一体化させた合理的なもので、後の仏教建築にも大きな影響を与えました。

また、ナーランダは仏教思想の発展にも重要な役割を果たしました。中観派や唯識派といった大乗仏教の主要な学派がここで展開され、後にチベット仏教や中国仏教にも深い影響を及ぼしました。中国の僧侶・玄奘(三蔵法師)も7世紀にこの地を訪れ、長期にわたって学びを深め、その記録『大唐西域記』にはナーランダの学風や生活が詳細に記されています。

しかし、12世紀末のイスラム勢力による侵攻により、ナーランダは焼き討ちに遭い、図書館や施設の多くが破壊され、長い歴史に幕を下ろしました。それでも、その精神的遺産はチベットや東アジアの仏教文化の中に息づいており、現在でも学術的関心の高い遺跡として研究が続けられています。

今日、ナーランダの遺跡群は、多数の発掘調査により当時の学問・宗教・建築の姿を明らかにしつつあります。遺跡からは、精巧な彫刻を施した仏像や装飾品、石碑、銘文などが発見され、当時の文化の豊かさを今に伝えています。ナーランダは、宗教的な学びと世俗的な知識が共存した稀有な空間であり、知と精神の交差点として世界の文化史に大きな足跡を残した場所です。

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世界遺産ハントの管理人。

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