パナマ・ビエホ考古遺跡とパナマの歴史地区

パナマ・ビエホ考古遺跡とパナマの歴史地区
エディターパナ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
パナマ共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年1997年/2003年範囲拡大
登録基準(ⅱ)(ⅳ)(ⅵ)
その他の区分
公式テキストページ中巻384p
英文タイトルArchaeological Site of Panamá Viejo and Historic District of Panamá

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

パナマ・ビエホ考古遺跡とパナマの歴史地区とは

イギリスの海賊ヘンリー・モーガンに破壊された都市

パナマ・ビエホの考古遺跡とパナマ歴史地区(Archaeological Site of Panamá Viejo and Historic District of Panamá)は、パナマの首都パナマシティに位置する文化的に重要な地域であり、1997年にユネスコの世界遺産に登録されました。この地域は、アメリカ大陸最古のヨーロッパ植民都市のひとつであり、16世紀に設立されたパナマ・ビエホと、スペイン植民地時代の影響を色濃く残すパナマ歴史地区が融合しています。

歴史と文化的背景

パナマ・ビエホは、1519年にスペイン人によって設立された港湾都市であり、太平洋側の交易拠点として発展しました。しかし、1671年に海賊ヘンリー・モーガンの攻撃によって大部分が破壊され、住民は現在のパナマ歴史地区へ移転しました。

パナマ歴史地区(カスコ・ビエホ)は、17世紀以降に再建された都市であり、スペイン植民地時代の建築が多く残されています。特に、バロック様式と新古典主義様式が融合した壮麗な建築物が特徴的であり、パナマ運河の開通による経済発展とも深く結びついています。

主要な遺跡と特徴

パナマ・ビエホ

  • カテドラル跡(Ruins of the Cathedral of Panamá Viejo)
    16世紀に建設されたカテドラルの遺構であり、スペイン植民地時代の宗教的中心地。
  • 交易の中心(Plaza Mayor)
    かつて商業活動の中心だった広場であり、遺跡が現在も残る。
  • 防衛施設(Fortifications of Panamá Viejo)
    海賊の攻撃に備えて建設された砦の跡地。

パナマ歴史地区

  • パナマ大聖堂(Catedral Metropolitana de Panamá)
    18世紀に建設された壮麗な大聖堂であり、バロック様式と新古典主義の融合が見られる。
  • 大統領官邸(Palacio de las Garzas)
    植民地時代の行政建築であり、現在もパナマ政府の施設として使用されている。
  • ボリバル広場(Plaza Bolívar)
    伝統的な建築に囲まれた広場であり、歴史的な記念碑が設置されている。

文化と社会構造

パナマ・ビエホとパナマ歴史地区では、スペイン植民地時代の都市設計と現代のパナマ文化が融合した空間が形成されています。特に、カリブ海地域との交易やアフロ・パナマ文化が発展し、多様な民族文化が共存する都市として知られています。

遺産の保存と現代の価値

ユネスコの世界遺産登録後、パナマ・ビエホとパナマ歴史地区では遺跡の保護活動が進められています。都市開発や観光の影響による保存の課題があり、持続可能な保護活動が求められています。パナマ政府や地域コミュニティが協力しながら、遺跡の維持管理と文化の継承を図る取り組みを進めています。

パナマ・ビエホの考古遺跡とパナマ歴史地区を訪れることで、スペイン植民地時代の都市の変遷とカリブ海の歴史的発展を体験しながら、歴史の奥深さを学ぶことができます。この地域は、未来の世代へ向けて貴重な文化遺産として、その価値を伝え続けています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

世界遺産ハントの管理人。

コメント

コメントする

目次