| 国 | ガーナ共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 1979年 |
| 登録基準 | (ⅵ) |
| その他の区分 | 負の遺産 |
| 公式テキストページ | 中巻286p |
| 英文タイトル | Forts and Castles, Volta, Greater Accra, Central and Western Regions |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
ガーナのベナン湾沿いの城塞群とは
奴隷貿易の拠点として使われた城塞群
ヴォルタ、グレーター・アクラ、中央・西部地域の要塞と城(Forts and Castles, Volta, Greater Accra, Central and Western Regions)は、ガーナの沿岸部に点在する歴史的建築群であり、1979年にユネスコの世界遺産に登録されました。これらの要塞や城は、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパ諸国によって築かれ、交易の拠点として機能しました。特に、奴隷貿易をはじめとする商業活動の中心地として重要な役割を果たし、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの関係を象徴する歴史遺産となっています。
歴史と発展
ガーナの海岸沿いには、ポルトガル、オランダ、イギリス、デンマーク、スウェーデンなど、ヨーロッパ諸国によって築かれた要塞や城が点在しています。これらの建造物は、金、象牙、奴隷を取り扱う交易の拠点として機能しました。15世紀にポルトガル人が最初にこの地域に入植し、エルミナ城(Elmina Castle)を築いたことが、ヨーロッパ勢力による支配の始まりとなりました。その後、オランダやイギリスが進出し、ガーナ沿岸部は植民地支配の中心地へと発展しました。
18世紀には奴隷貿易がピークを迎え、これらの要塞や城はアフリカ人を収容し、船に積み込むための拠点として利用されました。奴隷貿易が廃止された19世紀以降、要塞や城の役割は変化し、行政機関や軍事基地として使用されたものもあります。現在では、多くの遺構が修復され、奴隷貿易の歴史を後世に伝える重要な文化遺産として保護されています。
主要な要塞と城
ガーナ沿岸部には約30か所の要塞や城が存在し、その中でも特に重要なものは以下の通りです。
- エルミナ城(Elmina Castle)
1482年にポルトガル人によって建設され、アフリカ西海岸最古のヨーロッパ式城塞とされています。その後、オランダの支配下に置かれ、奴隷貿易の拠点として活用されました。現在は博物館として公開され、奴隷貿易の歴史を学ぶ場となっています。 - ケープ・コースト城(Cape Coast Castle)
17世紀にオランダ人が建設し、後にイギリスの植民地政府が管理しました。地下には奴隷収容所があり、過酷な環境で多くの人々が船への積み込みを待たされました。現在は記念館として保存されています。 - クリスチャンボルグ城(Christiansborg Castle)
デンマーク人によって建設され、その後イギリスの支配下に入った城塞です。ガーナの独立後は政府機関として利用され、歴史的な役割を担いました。 - フォート・プリンセンスタイン(Fort Prinzenstein)
デンマーク人によって築かれた要塞で、奴隷貿易の拠点の一つでした。現在は廃墟となっていますが、奴隷貿易の歴史を伝える遺構として重要な存在です。
遺産の保存と現代の価値
これらの要塞や城は、ガーナだけでなく、世界の歴史における交易と植民地支配、奴隷貿易の象徴として重要な役割を果たしています。ユネスコの世界遺産登録により、文化遺産として保護されるとともに、歴史教育の場として活用されています。現在は博物館や記念施設として公開され、多くの訪問者が奴隷貿易の悲劇とアフリカの歴史を学ぶ機会を提供しています。
これらの遺産を訪れることで、過去の歴史を振り返り、人類の誤った選択と向き合うことができます。また、文化遺産の保存と継承の重要性を再認識し、歴史を未来へ伝える役割を担っています。ガーナの海岸線に点在する要塞と城は、交易と支配の象徴であると同時に、自由と平等への願いを込めた歴史的な場所として、世界にその価値を伝え続けています。

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