| 国 | インドネシア共和国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2019年 |
| 登録基準 | (ⅱ)(ⅳ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻183p |
| 英文タイトル |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
サワルントのオンビリン炭鉱遺産とは
石炭採掘から加工、輸出までを行う効率的システム
サワルントのオンビリン炭鉱遺産は、インドネシア・スマトラ島西部の西スマトラ州に位置する、19世紀末から20世紀にかけての工業発展と植民地支配の歴史を物語る産業遺産です。この遺産は、炭鉱、鉄道、港湾、労働者の居住区など、多様な要素から構成されており、インドネシア初の大規模な炭鉱開発として知られています。2019年にユネスコ世界遺産に登録され、植民地時代の技術導入と地域社会の変容を今に伝える重要な証拠となっています。
オンビリン炭鉱の開発は、オランダ領東インド時代の1892年、オランダ人技師ウィレム・ヘンドリック・デ・グリーフの指導により始まりました。この地域には良質な無煙炭の埋蔵が確認されており、産業革命期のヨーロッパにとって貴重なエネルギー資源として注目されました。採掘された石炭は、炭鉱から東へ100キロ以上離れたエマ港(現テルク・バユール港)へ運搬されるために、急峻な地形を克服する鉄道路線が整備されました。この鉄道は、アンダール高原とインド洋岸を結ぶ壮大な土木工事の成果であり、当時の最新技術が投入されました。
オンビリンの炭鉱と周辺施設は、単なる資源開発の場ではなく、労働者の生活や文化が複雑に絡み合う社会空間でもありました。炭鉱労働には、ジャワ島、マレー半島、スマトラ各地から徴用または募集された多くの人々が従事しており、彼らの居住地や宗教施設、学校などが整備されていたこともこの遺産の特徴です。また、植民地政府の支配と監視体制を示す行政施設や軍事拠点も存在し、産業開発が政治的・社会的な支配構造と密接に結びついていたことが分かります。
今日、サワルントのオンビリン炭鉱遺産は、産業遺産としての保存活動が進められ、旧炭鉱の一部は博物館や観光施設として活用されています。これにより、植民地期の産業技術や地域の歴史に触れる機会が提供され、持続可能な観光と地域振興のモデルにもなっています。また、かつての鉱山鉄道や住居群の一部は現在も原型をとどめており、当時の労働と生活の様子を今に伝える貴重な資料となっています。
このように、オンビリン炭鉱遺産は、植民地支配下における工業化の実態とその影響を物語る、東南アジアにおける稀少な産業文化遺産として評価されており、国際的な産業遺産の中でも重要な位置を占めています。

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