元の上都遺跡

元の上都遺跡
フラウムフェダー, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
中華人民共和国
登録区分文化遺産
世界遺産登録年2012年
登録基準(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)
その他の区分
公式テキストページ中巻44p
英文タイトルSite of Xanadu

※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら

元の上都遺跡とは

フビライ・ハンが建設した元朝の都

元の上都遺跡は、中国内モンゴル自治区に位置し、13世紀にモンゴル帝国の皇帝フビライ・ハンによって建設された都市ザナドゥ(上都)の遺構である。1274年に元の正式な夏の都として定められた上都は、北京の南の大都(現・北京市)と対をなす政治的・文化的中心地であり、特に夏季には皇帝の政務と避暑の場として用いられた。モンゴル高原と中国本土との接点に築かれたこの都市は、遊牧民の伝統と中国的な都市計画とが融合した独自の構造を持ち、ユーラシアの広域にまたがるモンゴル帝国の多文化的統治の象徴とされる。

上都の都市計画は、漢族の都城制を踏襲しつつも、モンゴル的要素が加味された設計が特徴である。外城と内城、そして皇城という三重構造を持ち、各区域は幾何学的に区画されていた。皇帝の居所や政庁、寺院などは内城に集中し、その周囲には貴族や官僚の邸宅、職人の作業場、交易市場などが整然と配置された。また、周囲の草原では遊牧民のゲルが設営され、都市の外縁と一体化した生活空間が形成されていた。このように、上都は遊牧文化と定住都市文化が融合した都市として極めて稀有な存在である。

上都はまた、宗教的寛容の象徴でもあった。仏教、道教、イスラム教、キリスト教など、様々な宗教が共存し、多くの宗教施設が建設された。とりわけチベット仏教はフビライ・ハンの庇護の下で隆盛を極め、ラマ僧のための寺院や仏塔が数多く築かれたことが記録に残っている。このような宗教的多様性は、モンゴル帝国の広大な支配領域と、それに伴う文化交流の活発さを象徴するものといえる。

14世紀中葉、元が明に敗れて北遷した後、上都の役割は次第に薄れ、やがて廃墟となった。今日では城壁跡、基壇、排水路、瓦礫などが広大な草原の中に点在しており、発掘調査によってその構造と機能が明らかにされつつある。建築技術や都市設計、宗教施設の配置などから、当時の高度な都市文明の様相がうかがえる。

2012年、元の上都遺跡はユネスコの世界文化遺産に登録された。登録理由としては、モンゴル帝国によるユーラシア規模の統治の証としての価値、多様な文化・宗教が融合する都市構造の稀少性、そして遊牧と定住の文化的接点としての意義が評価されている。ザナドゥはまた、マルコ・ポーロによってヨーロッパにも紹介され、「幻の都」として後世の文学や芸術に影響を与えた点でも知られている。

元の上都遺跡は、かつて世界最大の帝国の心臓部として機能した都市の記憶を現代に伝えるものであり、草原に眠る歴史の証人として、国際的にも極めて重要な文化遺産である。

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