| 国 | ヨルダン・ハシェミット王国 |
|---|---|
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 世界遺産登録年 | 2004年 |
| 登録基準 | (ⅰ)(ⅳ)(ⅵ) |
| その他の区分 | |
| 公式テキストページ | 中巻46p |
| 英文タイトル | Um er-Rasas (Kastrom Mefa’a) |
※テキストは世界遺産1500(2024年発行の最新版)になります。参照はこちら
ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)とは
ローマ時代からイスラム時代にかけての遺構を残す都市遺跡
ウンム・アッラサス(Umm ar-Rasas)は、ヨルダン中部の乾燥地帯に位置する、ローマ時代からビザンツ、さらに初期イスラーム期にかけて発展した歴史的な都市遺跡である。古代名カストロム・メファア(Castrum Mefa’a)としても知られるこの地は、2004年にユネスコ世界遺産に登録された。死海の東、カラクとマダバの中間に広がる遺跡群は、長きにわたる歴史の重層性をそのままに残しており、砂漠と都市文明が交差する貴重な考古遺産として高く評価されている。
この地の歴史はローマ帝国時代にまでさかのぼり、当初は軍事拠点として築かれた要塞都市であった。四角形の石造城壁に囲まれた都市構造は、典型的なローマのカストラ(軍営都市)を模しており、整然とした区画と幾何学的な都市計画が見て取れる。その後、都市は軍事的性格を超えて発展し、ビザンツ時代には宗教的・経済的に繁栄を遂げた。現存する教会堂や修道院跡はその証であり、特にキリスト教の聖地巡礼の中継点としても重要な役割を果たしていた。
ウンム・アッラサスを象徴する遺構の一つが、聖ステファノ教会のモザイク床である。この床モザイクは西暦785年に制作されたもので、ビザンツ時代末期の作品としてはきわめて完成度が高く、保存状態も良好である。そこには当時のパレスチナ地方やエジプト、ヨルダン各地の都市名がアラビア語とギリシア語で記され、街並みが精緻に描写されている。このモザイクは、地域間の交流とキリスト教世界の広がりを物語る貴重な資料である。
また、教会堂の多くには複数の聖職者の埋葬が確認されており、ウンム・アッラサスが宗教的中心地としての地位を築いていたことがうかがえる。ビザンツ時代の建築技術と装飾芸術は、この地の宗教建築に色濃く反映されており、アーチ構造や石彫装飾にも高い技巧が見られる。
イスラーム時代に入っても、ウンム・アッラサスは一時的に存続を続けた。初期イスラーム時代の建築や墓碑が出土しており、宗教的寛容と文化の継続性が確認されている。ただし、交易路の変化や社会構造の変遷に伴い、徐々に都市としての機能を失い、やがて人々に放棄されていった。
都市の外周には、墓地や地下墳墓、塔状の修道士居住跡が残されており、中でも柱塔士と呼ばれる隠遁修道士が暮らしたとされる高塔は注目に値する。これはビザンツ東方教会に見られる独特の宗教文化で、厳しい信仰生活を象徴する建築である。
総じて、ウンム・アッラサスは軍事都市から信仰の拠点へと変貌を遂げた古代都市の変遷を如実に示しており、複数の文化が交差・融合した中東の歴史を語る上で欠かすことのできない存在である。その多層的な遺構群は、考古学的・歴史的価値にとどまらず、今日の宗教的・文化的多様性を考える上でも大きな意義を持っている。

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